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感情の正体

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「俺には、そんな抵抗はないよ。それよりも緊張から、何もできなかったら恥ずかしいという思いの方が強いんだ」
 風俗がどうのというよりも、自分のことが気になって仕方がないという感じであった。
「俺はちょっと抵抗があるかな? 最初にするんだったら、やっぱり彼女としたいって思うんだ」
 と正樹がいうと、
「どうしてなんだ? いきなり彼女として、自分が主導権を握れるわけないじゃないか。相手が処女だとすれば、お前はリードするべき立場にあるんだぞ。それが童貞だという理由でお互いに何もできなかったが、お前は男として彼女に恥をかかせることになるんじゃないのか?」
「確かにそうだ」
「それに、もし相手が経験済みだったら、お前のような童貞をちゃんと労ってくれるかどうかも怪しいものだ。自分の立場が上だと思うと、女という動物はここぞとばかりに攻めてくるか、それとも絶えず上から目線で、それ以降の二人の立場が逆転することはありえないかも知れないじゃないか。そうなろと男としては最悪で、惨めなんじゃないか?」
「それはちょっと考えすぎなんじゃないか?」
「そうかも知れないが、でも、童貞のお前はきっと何もできないだろう。それを相手の女性が気を遣うこともなく、ズケズケと悪気がなくとも無神経なことを言えば、お前は立ち直ることができるのか?」
 と言われて、閉口してしまった。
 確かに、ドラマなどで、童貞が彼女と初めての時、罪のない何気ない言葉にショックを受けて、そのまま女性とできなくなってしまうなどという話を聞いたこともある。
 友達は続けた。
「そんなこともあるので、まだ自分に自信が持てるまでは、プロのお姉さんに任せておくというのも一つのやり方さ。授業料だと思えばいいんじゃないか?」
 もっともな話だが、自分を正当化する言い訳にも聞えなくもなかった。
 これが彼が自分のためだけに言っている言葉であれば、別に気にもしないが、自分のために言ってくれていると思えば、いつの間にか真剣に聞いてしまっていた。
「少年少女期においては、女の子の方が男の子よりも成長が早いというけど、本当にそうなのかも知れないな。思春期においてもそれは変わっていないような気がする。ただ。誰もそのことを言わないだけで。でも、それは暗黙の了解というだけで、女性の方が同い年なら、成長していると思った方がいいのかも知れないな」
 と正樹がいうと、
「そうだよ。だから男女の関係としては、男の方が年上というパターンが多いだろう? それはやっぱり成長という観点から見ても、正当なのかも知れないな」
 と、友達が続けた。
 その話を黙って聞いていた先輩が、口を挟んだ。
「昭和の頃の風俗というと、女の子は借金だったり、のっぴきならない理由で風俗嬢になっているというのが定番だったが、今はそんなことないようだよ。軽いアルバイト気分で風俗嬢をしている人もいれば、ホストに狂っているような風俗嬢もいる。そういう意味では彼女たちに悲壮感はないと思うんだが、俺だけの見解なのかな?」
 という話だ。
 最初は、確信があるような言い方だったが、途中から少し改まったような言い方になったのは、自分の言葉に言い過ぎたという思いがあったからなのか、それとも彼女たちを思い浮かべて、確信的な言い方をしてはいけないと感じたのか、そのどちらにしても、先輩の性格が出ていた。最後は曖昧な言い方になったが、それは先輩の性格からというだけで、話の内容には十分な信憑性が感じられた。
 正樹は、まさかこんな話をする相手が身近にいるなどと思ってもいなかったが、話をしているうちにその気持ちが分かるようになってきた。
 特に先輩とは、大学入学前、つまり友達と知り合う前から知り合いだったような気がしてくるから不思議だった。
「先輩って、高校の時の先輩なのかい?」
 と、小声で聞いてみた。
「いいや、予備校の時の先輩なんだ。俺は現役で入学したけど、先輩は一浪したので学年は一緒だけど、年は先輩の方が上なのさ。本当なら一浪したということで、俺に対して少しはわだかまりがあるのかと思っていたけど、そんなことはないだろう? あれが先輩のいいところで、俺が先輩を慕いたくなるところでもあるんだ」
 と言った。
 なるほど、確かに先輩は同じ学年であっても、それなりの貫録がある。この貫録は学年の違いよりも年齢の差よりも何よりも大きなものではないだろうか。
――友達を飛ばして、俺と先輩のパイプがあってもいいな――
 と、決して友達の前では口にできないことを考えたりもした。
 最初先輩を紹介された時、
「ああ、君が工藤正樹君か。君のことは聞いているよ」
 と、貫録十分にそう言って、正樹の肩を叩いた。
 その態度は明らかに上から目線で、同じ学年だという意識が遠のいてしまうほどだったが、大学というところ、正樹が考えていたよりも、かなり想定外の人がいるということが分かっていたので、驚きはしなかったが、その態度には図々しさというよりも頼もしさの方が感じられ、友達を介しているとはいえ、ここまで頼もしさを感じられる人はいないように思えた。
――この人が同い年だと言われても――
 最初は、年上として見るのか、下として見るのか、戸惑いがあった。
 頼もしくは見えるが、あとで考えると、まるで井の中の蛙のようにも思えて、どこまで信用していいものかとも思った。
 だが、友達と歩いているその後ろ姿を見た時、根拠はなかったが、
――この人は信用してもよさそうだ――
 と感じたのだ。
 ただ、友達が崇拝すればするほど、先輩を独占したくなる。それは、友達が自分よりも先に先輩と知り合いだったということに対しての嫉妬であり、少しでも自分よりも先に知り合っていたことで、友達には追いつけないという交わることのない平行線を見つめているようで、それがさらに嫉妬に輪を掛けた気がした。
 嫉妬に輪が掛かってくると、先輩を独占したくなる気持ちから、二人を引き離したい気持ちに陥ったこともあった。
――先輩は、俺のことなんか見てくれやしないんだ――
 という思いがあったからだが、最近はその思いも違う方に向いてきた。
 友達を見ていると、急に先輩をリスペクトしているのか、その行動パターンや言動が似てきているように思えた。彼のような真面目な部分もある、ある意味中途半端な人間に、先輩のような一途な性格を真似ることなどできなかった。
 そのマネはモノマネというよりも、サルマネに近く、惨めにさえ見えてくることもあった。
――俺は、いくらその人を崇拝していると言っても、モノマネにはならない――
 と思っていたが、どうもそうでもないらしい。
 気が付けば、尊敬する人のまねをしてしまうくせがあったようで、特に感じたのは、手書きの字であった。小学生の頃、綺麗な字を書く友達がいたが、字体がいつの間にかその人に似せて書いているのに気付いた。どうしても今はパソコンで打ち込むことが多いので、手書きを意識することもなかった。以前から字が汚いことは自分でも分かっていたので、手書きは嫌いだったが、恰好いい字を書いている人に真似て書いている自分がいることに、高校時代に気付いたのだった。
――高校時代まで気付かなかったなんて――
作品名:感情の正体 作家名:森本晃次