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感情の正体

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 などと思っている人がいるとは思えず、負けてもいいなんていう考えは、建前にしかならないのだ。
 正樹は麻衣の存在が自分の中で大きくなってくるのを感じた。
――間が悪いタイミングも、敢えて彼女の持っている感性からであれば、あながち相性が合わないわけではなさそうだ――
 と思った。
 麻衣の天真爛漫さは正樹には羨ましかった。実際に麻衣を前にして、
「君のその天真爛漫さが好きなんだ」
 と話したこともあった。
 他の人なら、
「いやぁ、そんなことはないですよ」
 とテレるものなのだろうが、麻衣は、
「ありがとうございます。工藤さんはちゃんと見てくれているんですね?」
 と言った。
「進藤さんのことを正面から見ると、そう感じないわけにはいかないのさ。僕は感じたことは相手に伝えたいと思っているので、話しているけど、結構リスクがあったりするんだよ」
「というと?」
「人にはいろいろいるということですね。褒め言葉でも人によっては、その人を傷つけてしまうことになりかねませんからね」
 と、正樹は言った。
 最初正樹は、自分が麻衣の
「天真爛漫さが好きだ」
 と言ったことに対し、深い意味はなかったように思っていたが、麻衣の方が、
「告白された」
 と感じたのか、正樹を意識し始めた。
 看護婦としての仕事も少し上の空に感じられ、くだらないミスをして先輩に怒られているようだった。麻衣はもちろん、自分がどうしてミスをしているのか分かっていない。正樹にしても、そんな麻衣を見ていて、どうしてミスを起こすのか、理屈が分からなかった。
 先に気付いたのは正樹の方だった。
――そうか、俺が麻衣を好きになったことが麻衣に伝わったんだ――
 と感じた。
 本当に恋心を抱いたという意識が正樹の中にあったわけではないが、麻衣の様子を見ていて、そこからの正樹の判断だった。そう思うと正樹は自分のことであるにも関わらず、まるで他人事のように感じていた。
 どうして他人事のように感じたのかというと、他人事のように感じる方が、正樹の中でふわっとした気分になることができ、まるで麻衣に抱かれているような気がしてくるからだった。
 その時正樹は、自分が積極的な性格ではなく、相手に抱かれることを願う受け身なタイプであることが確定したと言ってもいい。もっとも正樹自身に自覚があったわけではないが、いずれそのことに気付いた時に、ショックを受けることなく受け入れられる気分になれることを、その時の心構えとして持っていたと言ってもいいだろう。
 麻衣は積極的な方だった。だから正樹は麻衣のような女性を気にしたのかも知れない。無意識にでも自分が受け身な性格だということが分かっていたからこそ、積極的な女性を求める。
 だが、正樹は学校で嫌いな女性のタイプとして、
「おせっかいな女の子」
 という思いがあった。
 それは、自分の気持ちの中に容赦なくズケズケと入り込んでくるようなタイプの女性はどうも苦手だと思っていたからだ。それは正樹にだけに限ったことではないにも関わらずにそう感じたということは、正樹はまわりの人が自分と同じようにおせっかいな女性を嫌いだとは思っていなかったからだ。
 正樹は、
――俺は他の人と同じでは嫌だ――
 と常々思っていた。
 その思いが嵩じて、自分の性格は他人を意識することで形成されているにも関わらず、それを認めたくないと思う自分がいた。
 もっとも、認めたくないと思っている時点で、自分の性格に他人が関与しているということをウスウスではあるが感じているという証拠でもあった。
 正樹にとって麻衣という女性を見つけたことは、そんな自分の危惧を払拭する思いに連動していた。自分の性格が他人によって築かれたなどという思いを抱きたくない感覚から、正樹は自分の性格から麻衣と出会ったのだと思うことで、余計な思いを払しょくできた気がしたのだ。
「ねえ、工藤さんは彼女とかいるの?」
 麻衣は無邪気にそう聞いてきた。
 麻衣としては、会話の中の一つのキーワードくらいの軽い気持ちで聞いてきたのだろうが、正樹の中でドキッとするものがあった。
――彼女は俺に気があるのかな?
 と考えて当然のシチュエーションだった。
 しかし、相手はすでに学校を卒業したお姉さんであり、自分はまだ中学生。念低的にもかなりの差があるので、相手は弟としてくらいにしか考えていないと思うのが普通だろう。
 正樹にとって年齢差は関係なかった。正樹のまわりの同年代の女の子とは、まったく話が合う雰囲気はなかった。
――住む世界が違っているのか?
 と感じるほどで、正樹の中では、
――同年代の女性に自分の彼女になる資格を有している女性はいない――
 と感じていたに違いない。
 実際に正樹のクラスメイトにも他のクラスの女の子にも、正樹を彼氏として意識するような女子はいなかった。
「工藤君はちょっとね」
 と言われていた。
 決定的に嫌われているわけではないが、彼氏として見ることのできるレベルにはいないということなのだろう。正樹はそれでいいと思った。自分と話が合わなければ一緒にいるだけで苦痛になるということが分かっていたからだ。それは、人とあまり関わりを持つことのない正樹だから感じることであって、他の同じ思春期の男子には想像もできないことだったに違いない。
 正樹は麻衣を見ながら、
――こんな女性が彼女だったら――
 という思いを初めて抱いた。
 クラスメイトの女の子など目でもないくらいに眩しく感じられたのは、年齢を感じさせないというよりも、意識していないつもりでも、必要以上に年齢差を感じることで、感覚がマヒしてしまっていたのかも知れない。
 他の人と同じでは嫌だと思っていることで、正樹にはお姉さんと感じるほどの女性と他の人にはできない仲良くなるというイメージを感じていた。
 麻衣に女性としての魅力をどこに感じているのか、もし誰かに聞かれたとしても、ハッキリと答えるのは難しいかも知れない。
 だが、答えることができないまでも、自分の思いを麻衣に無言で伝えることで、麻衣の口から思いが伝わるのではないかと思っていた。
 それは、正樹が受け身な性格で、受け身であることで、相手に自分の気持ちを移入させることができると感じていたからだ。
「痒いところに手が届く」
 と言うが、まさにそんな感じである、
 麻衣と正樹は病院内でウワサになっていた。
 患者の間でというよりもナースの間でのウワサだった。
 麻衣はそのウワサを知っていながら、わざと触れないようにしていた。それは同僚の前でもしかりであり、正樹の前でも一緒だった。
 だが、麻衣の気持ちとしてまんざらでもないものがあったのは間違いないだろう。だからこそ話題として触れなかったのかも知れない。下手に触れることで自分が感じている思いを自らが壊してしまうことを怖がったからなのかも知れない。
 正樹の方は、ナースのウワサを知っていた。知っていて麻衣に敢えて触れることをしなかったし、他のナースにもしれっとした態度を取っていた。
 正樹は受け身な性格である。だから、自分から言い出すことはなかった。ウワサになっていることがあるのだとすれば、麻衣の口から言わせたいと思ったのだ。
作品名:感情の正体 作家名:森本晃次