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感情の正体

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 もし、麻衣が知っていて敢えて口にしようとしないのであれば、この話題が二人の間で表面化することはない。そのことは正樹も分かっていた。分かっていて敢えて正樹から話題にすることはなかった。このまま話題が自然消滅してもいいと思ったからだ。
 自然消滅するということは、まわりに正樹の気持ちが拡散することはなく、麻衣との間にしか分からない気持ちを自分だけが独占できると思ったのだ。それは相手が麻衣であっても同じことで、麻衣が話題に触れないことも他人が触れないことと同じレベルに考えていた。
 本当は、麻衣の性格からすれば、許されない思いだった。麻衣は好かれるのであれば、自分だけという思いが強かった。正樹との気持ちに溝があるとすれば、この気持ちだったのだろう。
 お互いにそのことを無意識に気付いていた。だから話題にすることがないのは、無意識に関係に亀裂が走ってしまいそうなきっかけを、自らで表面化させることを嫌ったからだった。
 だが、正樹と麻衣の間に、
「お互いを補う絶妙の関係」
 が存在した。
 それが、麻衣の、
――相手に尽くしたい――
 という思いであり、正樹の
――受け身としての抱かれたい気持ち――
 だったのだ。
 正樹と麻衣は、正樹の入院中、その思いが焦ることはなかったが、発展することもなかった。お互いに様子を見ながら接していたために、ごく微妙なところですれ違っていた。それを知っている人は誰もおらず、まるで、
「神のみぞ知る」
 ということだったのだろう。
 正樹は、その時のイメージを風俗嬢に身を委ねながら思い出していた。風俗の簡易ベッドと、病室のベッドではまったく印象が違うし、体調も当然違っている。しかし、相手の女性に委ねる気持ちに変わりはない。身を委ねることの楽しさを正樹はいまさらながらに感じていた。
 身を委ねている時に感じる思いは、耳鳴りを誘っているかのようだった。まるで水の中にでもいるかのような感覚は、母親の胎内で羊水に浸かっているかのような思いに近いに違いない。聞こえてくる音は微妙に籠っていて、それが正樹が相手に委ねる気持ちにさせるのだ。
 最近の正樹は音に対して敏感になっていた。
 特に隣の家での騒音が気になって仕方がなかった。数か月前まではさほど気にならなかったが、子供の遠慮を知らない声に苛立ちを覚えていた。
 どうすれば、その苛立ちを解消することができるのかを考えていたが、それを分からせてくれたのが、先輩の連れていってくれた風俗だった。
 自分がどんな相手が好きなのか、今は形になって現れることはないが、かつて入院した時に接してくれた麻衣という看護婦を思い出した時、それが初恋だったことに気付かされた。
 初恋を追い求めることが正樹にとっての恋愛の基本であることを感じると、自分にとっての騒音が何かの答えを見つけてくれるように思えた。
 自分勝手な騒音に、
――殺してやりたい――
 という感情を抱いていることを否定することなく、正樹はその感情を人に委ねることに向けようと感じる。
――きっと、すぐに委ねることのできる相手が目の前に現れる――
 正樹はそう思って今日も騒音に苛立ちを覚えていた。気持ちの中では完全に抹殺している子供たち。そう思うと、世の中の理不尽さに感覚がマヒしてくるのを感じた。
――初体験を済ませたが、その感情は冷めたものだったな――
 と思ったが、感情がすべてではない。
 正樹はそう思うと、近い将来、麻衣に出会えるような気がしていた。
 麻衣も誰かを待ち続けているのだが、それが誰なのか想像もできなかった。正樹が現れることを必然と考えるならば、二人の思いは、騒音に掻き消されてしまうかも知れない。
――人を好きになるということ――
 そう思いながら、正樹は騒音を掻き消そうとしていたのだった。

                  (  完  )



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作品名:感情の正体 作家名:森本晃次