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感情の正体

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 一年生の時は、まだ成績は中の上くらいだったが、二年生になると、明らかに順位は下がっていた。三年生になった頃には、下から数えた方がいいくらいになっていて、なぜここまで落ち込んでしまったのか、正樹には想像がつかなかった。
 正樹が入学した中学校は、いわゆる、
「中高一貫教育」
 を謳っていて、中学三年生でよほどの落第点を取らない限り、そのまま高校に入学できるシステムになっている。
 いわゆる、高校受験は免除されるのだ。
 中学三年間というのは、正樹にとってあっという間の期間だった。
 友達ができるわけでもなく、何となく会話をする人はいても、心を通わせる人はいなかった。
 そんな中、病院に入院した時期だけは、まるで別の時期だったような気がするのは、思春期と中学時代という時期が本当は重複しているのに、意識の中でまったく別の時期だったように思うからだった。
 病院に入院中、正樹は自分が思春期であるということとは別に、まわりと自分とを比較した時、
――自分だけが、他の人とは違うんだ――
 と感じていることを意識した。
 窓の外にあったと思っていた木が、本当は最初からなかったのか、そのことも気になっていた。
 夢に見たのだとすれば、それが一番自分を納得させることができる。しかし、夢に見るのであれば、それなりに何か夢に見る理由が存在しなければいけないと思うのだが、正樹にはそれが分からない。
 正樹は、勉強が好きになる前と、好きになってからの自分、そして受験をすることで一つ上のステップに進んだことを理解できなかった自分をそれぞれ別の視点から見て、それを輪切りにすることで、何とか自分を理解しようとした。
 その思いは、思春期と中学時代を重ねて考えることのできない自分をどのように正当化しようかと考えた時、その理屈が説明のつかないことであることを理解していたような気がした。
 ただ、大人になるにつれて、十学時代と思春期の時期の矛盾を理解できているように思う。それはきっと、勉強が分からなかった自分が、分かるようになったことによって、勉強を好きになったという、分かりやすい理論によって分岐点が形成されていることを知ったからだ。
 それを知るには、それぞれに刺激を与える必要がある。一緒に刺激を与える必要があるが、矛盾した二つにいかにして刺激を与えるかということを考えた時、正樹は頭の中で以前ハチに刺されたことを思い出した。
「そういえば、アンモニアが中和剤の役目を果たしたんだっけ」
 と感じると、噛み合わない二つを結びつけるには、何かの従話材が必要であることを理解した。
 その中和剤が何であるか、正樹には分からなかったが、病院に入院した時に最初に見た木が、いつの間にか消えていたことを説明できない自分を客観的に見ていたその時、見ている自分には、木の存在がずっと見えているように思えたことが、一種の中和剤のように思えたのだ。

                正樹にとっての騒音

 正樹が入院するのはその時が初めてだったが、それから時々入院するようになった。毎回同じ病というわけではなく、ケガであったり、ちょっとした病気だったりである。
 別に生命にかかわる病気ではないので、入院中は退屈していた。特にケガをしての入院の時は、患部以外が元気なのだ。退屈するのも無理もないことだった。
 事故の時もあった。
 交通事故だったのだが、正樹本人が悪いわけではない。普通に歩道を歩いていて、車が歩道に乗りかかってきたのだ。
 居眠り運転だということだったが、幸いにも軽いけがで済んだからよかったが、一歩間違えると死んでいてもおかしくなかったらしい。
「君は悪運が強いな」
 と、馴染みの先生からからかわれたが、それほど事故の内容から被害程度は大したことのないものだった。
「またお世話になります」
 と少し体裁が悪い気分で、照れながら先生に挨拶をした。
 正樹が定期的に入院していた時期は、中学三年生の頃から、高校二年生の頃に掛けてだった。
 勉強が遅れるというよりも正樹としては、
――思春期の大事な時期に――
 という思いが強かった。
 もちろん、その思いを誰かに話したりはしていない。思春期に関してあまり興味のないふりをしていたからだ。
 ふりをしていたと言っても、そこまで思春期を気にしていたわけではない。まわりの男子が思春期の自分を正当化しようとしているのか、やけに異性への興味をひけらかしているように感じると、正樹は自分まで同類だと思われたくない一心から、興味のないふりをしていた。だが、まわりの男子のそんなあからさまな態度を見なければ、正樹はもっと思春期というものに対して意識を深めていたに違いない。
 正樹の入院する病院は、地域でも一番大きな大学病院で、院内にはコンビニはもちろん、喫茶店やレストラン、さらには付き添いの人のために、ホテル並みの宿泊施設まで完備していた。
「産婦人科などは昔に比べればかなりきれいになったけど、総合病院も最近は負けていないわね」
 と、母親が話していたが、まさにその通りだった。
 正樹の入院期間は、その時々で違っていたが、長い時は一か月近いこともあった。元々けがで入院していたにも関わらず、入院中に胃潰瘍を起こし、完治に少し時間が掛かった時があった。
 元々、胃の強い方ではなかったので、胃潰瘍は持病のようなものだったが、まさか、思春期に患うことになるとは思ってもいなかったので、正樹にとって、少なからずのショックであった。
 軽い症状なので、手術などの必要はなく、投薬で様子を見ていた。
 先ほど、完治と言ったが、実際には完治しているわけではなく、その時の症状が治まったことで、とりあえず完治という表現をした。
 病院に何度も入院すると、入院期間がどんなに短くても、継続して入院しているような錯覚に陥ってしまう。まるで入院生活を何年も続けているような感覚は、退院してからの生活の感覚をマヒさせるものでもあった。
 だが、退院してから少しすると、入院生活を忘れてしまう。まるで自分は入院したことなどないかのように思えてくるのだが、そう思うと、今度はまわりが自分に対して余計な気を遣っているように思えてくるから不思議だった。
――この子は、何度も入院させられて、かわいそうだわ――
 と、親ならそう思うかも知れないが、それ以外の人の目線も、どこか気の毒な人を見ているような雰囲気があり、却って恐縮してしまう自分を感じるのだった。
 入院というと、世間から途絶されたかのように思えていたが、テレビも普通に見ることができ、院内には本屋もあって、好きな本を買うことができる。入院するまでは本など読んだこともなかった正樹だったが、入院したことがきっかけで、本を読むようになっていた。
 正樹が興味を持ったのは、時代小説だった。
 文庫本というよりも新書であるパターンが多く、戦国武将が活躍する話が多かったりする。歴史上の人物が実在している場合もあるが、架空の人物を主人公にして、歴史的な背景は、史実に乗っ取ったものとして描かれているものを、正樹は好んだ。
作品名:感情の正体 作家名:森本晃次