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感情の正体

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 と、彼女に好意を持っていた男子生徒のほとんどがそう思うような相手だった。
 中には、そんな二人がくっつくことをよしとしない人もいた。
 彼も彼女もそれぞれに人気があったのだがら、男子にも女子にもそれぞれ同じくらいに快く思っていなかった人がいるのも当然のことだった。
 それぞれの中に憎しみが芽生えてきた。
 それは、好きになった人の相手に対してのものではなく、好きになった相手に対してであった。
「好きになった人に対してでなければ、憎しみなんか生まれない」
 と言っていた。
 最初は、
――強がりなんじゃないか?
 と思っていたが、実際にはそうではなかった。
 文面通り受け取ればいいのであって、ここまで来て言い訳などしても仕方のないことではないだろうか。
「ねえ、可愛さ余って、憎さ百倍って言葉知ってるよね?」
 と言われたことがあったが、それが正樹も好きになった女の子を、公然と好きだと言っていたやつの言葉だった。
「ああ、知ってるよ」
 もちろん、その言葉の相手が彼女のことを指しているのは分かっていたが、分からないふりをして聞いていた。
「俺は今まで人を憎いって思ったことなどなかったんだけど、今回は本当にそう感じるんだ」
 と言って、正樹の目をじっと見た。
「それって、裏切られたような感覚なのかい?」
 と聞くと、
「ちょっと違うんだ。裏切られたとハッキリと分かれば、俺もおおっぴらに憎しみをあらわにできるんだけど、裏切られたという意識にはならないんだ」
「それはどうして?」
「もし、俺が裏切られたと思うと、他にも彼女を好きだったやつも同じように感じるんじゃないかって思うんだ。俺は失恋してまで、同じように失恋したやつと同じ気持ちになるなんて、まっぴらごめんだって思ているんだよ」
 彼の言い分も分からなくはなかったが、正樹が他の人と一緒では嫌だと思った感情とは少し違っているように思う。
 正樹の感じていることよりも、よほど安直で、一緒にされるというのは迷惑千万に感じられるに違いないと思っている。
「そんなに嫌なら、最初から好きになったという思いを自分の中で打ち消してしまえばいいのに」
 というと、
「それはできないんだ」
 と少し寂しそうに話した。
 正樹はその言葉に不信感を抱きながら、
「どうしてなんだ? 簡単なことのように思うけど?」
 というと、
「確かにやってみれば簡単なことなのかも知れない。自分を納得もさせられるだろうし、自分の苦しみが緩和される気がするからね。でもどうしてもできないんだ」
 いったい何を言いたいのだろう。話を聞いていると次第に腹が立ってきた。
「何を言っているんだ? 何がお前の中で引っかかっているんだよ」
 と聞くと、
「だって、好きになったことを打ち消してしまうと、好きになってからの時間をすべて自分で否定するような気がして、その間に得られたものもすべて自分で抹消してしまうようで嫌なんだ」
「その頃にいったい何を得られたっていうんだい?」
「それが覚えていないんだ。だから余計に消し去ることができない。消し去ってしまうと、永遠に思い出すことができないだろう?」
 確かに彼の言う通りだった。
 だが、話をしているうちに、今度は正樹の方が苛立ってきた。
「そんなこと言っていたんじゃ、まったく前に進まないじゃないか。過去にしがみついていたってどうしようもないんじゃないのか?」
「俺もそれは分かっているさ。でも、この気持ちを整理できない限り、どっちにしても前には進めない。逆にいうと、整理さえできれば、どんどん前に進むことができるとも言えるんじゃないか」
 と言っていた。
 これも彼のいう通りで、結局彼らは二週間程度で吹っ切れたようで、新たな恋へと向かっているように思えた。
 しかし、正樹は感情を引っ張っていた。その感情は彼女に対してのものではなく、自分の中での心の展開に感情を引っ張るしかなかったのだ。
――堂々巡りを繰り返している――
 という思いをすっと抱いていて、その思いがどこからくるものなのかは分かっていても、その理由にまで辿り着くことはできなかった。
 自分が予防線を張っているということに気付くまで、いったいどれだけの時間が掛かったというのだろう? 実際には分かっていて、分かっていないふりをしていたというのか、しかもそれは自分に対してである。
 まわりの人に対して、
――過去にしがみついている――
 と感じたのに、自分には何も感じなかったというのか、もしそうであるならば、正樹は自分が自分を客観的に見ることのできる位置にはいないということになるだろう。
 自分を客観的に見ることのできるスペースがどれくらいあるのか、まったく想像もできなかった。もし、見ることができるスペースにいるとしても、そのことを自分で自覚しなければ、まったくその意味をなしていないように思えた。
 正樹は一人の女の子を好きになった。
 その女の子が誰の目から見ても笑顔が素敵な女性であるということを分かっていたにも関わらず、最初から、
――彼女の笑顔が可愛い――
 と思うことで、自分だけの支配欲に慕っていた。
 だが、誰の目から見ても可愛いという事実を再認識することで支配欲が石になってしまい、それが砂に変わり、風で飛ばされるイメージを抱いてしまった。
 そのおかげなのか分からないが、予防線を張るまでもなく、
――自分は他の人と同じでは嫌だったんだ――
 という思いを思い起こさせることで、いち早く自分を納得させた気がした。
 それなのに、未練に関しては他の誰よりも持っていた。
――言い訳がましいことを最初に逃げ道として用意してしまったために、それまでの妄想を現実の思いとして消し去りたくないという思いが、未練に変わったのではないだろうか――
 と思った。
 それは、彼女を好きな人に、
「好きになった思いを打ち消せばいい」
 と言った時、
「それができない」
 と言って、目の前で苦しんでいる人を見て、
――俺はそんな苦しみ方はしない――
 と客観的に感じたことで、彼らの真の思いを理解しようとしなかったことも原因とは言えないだろうか。
 正樹は自分が逃げの感覚で最初からいることに気付いていなかった。なんとなく違和感があったのは確かだが、
――この思いは誰にでもあるもので、自分だけではない――
 という言い訳に使っていた。
 もちろん、その考えは間違いではない。だが、前面に押し出すには危険を孕んでいる。そのことに気付くはずもなかった。
 この感情は、あくまでも最後の手段でなければいけない。いくつか自分を納得させるための言い訳を考えたとして、いきなりここに行き着くのでは、あとがないことを自覚していない証拠であろう。もし自分の考えが勘違いであったならという思いを、抱いていなかったからに違いない。
 そんな時に考えたのは、
「人と同じでは嫌だ」
 という自分の性格だった。
 相手の女性が、誰もが好きになるような女性であれば、急に冷めた気分になってしまうのは、そんな思いからであった。
 その思いがあるからこそ、最初から
「好きではなかったんだ」
 と思うことができるのであって、他の人がいう、
「それができないんだ」
作品名:感情の正体 作家名:森本晃次