影惑い 探偵奇談19
郁は恥ずかしそうに笑って言う。きっかけはそうだったとしても、今では立派な弓道家なのだからすごい。ミーハーなだけでは続かなかったと思うから。
(最初は宮川主将が好きだったんだよな。でも)
いま郁は、瑞のことを好きなのだ。告白されたわけでも、人づてに聞いたわけでもないのだけれど、瑞はわかってしまった。いや、気づくのが遅すぎたくらいなのだ。
(一之瀬が、俺を、好き)
それを知って、動揺がなかったかといえばウソだ。大切な友達で、仲間なことに変わりはない。しかし恋愛感情かと問われれば瑞にはわからないのだ。誰かをちゃんと好きになったことがない。瑞は自分が考える以上にそういう感情に疎いし、興味を持ってこなかったから。
切らない前髪につけているピンは、瑞が贈ったものだ。前髪を切ってあげたことにも、何気なく渡したピンにも、深い意味はなかった。なかったはずなのに、郁の中で特別になった以上、瑞ももう知らんぷりは出来ないのだ。意味を持ってしまった。それは確実な変化である。もう以前のようには戻れない。
「須丸くん?」
「ん」
だめだ、ぼんやりしていた。安土に的を設置し、準備が整う。弓を片手に歩き出す郁の背を眺めながら、瑞は何とも言えない気持ちになる。このままでいいのだろうか、知らない振りを続けていいのだろうかと。
(でも伊吹先輩、言ってた)
いつか、ちゃんと自分の気持ちがわかるときが来ると。だからそれまで、待っていればいいのだと。それはいつになるのだろう。そのときが来たら、この関係はどうなるんだろう。
だめだ、雑念が多すぎる。集中しないと。
弓を手に射場に入れば、すうっと心に風が吹く。静かに音もなく、身体中が澄み渡っていく感覚。深い集中に入る前の心地よさを味わいながら、瑞は的を見据えた。
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作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白