影惑い 探偵奇談19
仲が悪い兄弟ではないのだけど、兄に対してのみ万年反抗期である瑞が素直になれずにいるらしかった。微笑ましい。
「教育実習生ってもっとこう、生徒と仲良し!面白おにいちゃん!熱血青春!って感じじゃないの?須丸先生、どの先生よりおっかないんだけど!」
「でも好きー!」
「ねー!」
「好きー!」
盛り上がる女子とは反対に、瑞はぐったりしている。
「瑞、なんか老けてね?」
「だってまじでおっかねえ…俺気配を殺すことに必死だった…これが一カ月続くって地獄…」
相変わらず兄のことは怖いようだ。郁は笑ってしまう。本当に、兄の前では形無しなのだ。
「そんな緊張しなくても。須丸くん、歴史得意だし大丈夫だよ」
「や、あの俺にだけ向けられてる真面目に授業受けないとどうなるかわかってんなオーラ、まじできつい…」
「そんなオーラ出てるかな…?わかりやすい授業であたしは好きだなー」
ずっといてほしいくらいだ。
「瑞、学食いこーぜ」
「おー」
行ってしまった。郁はその背中をぼんやり見つめながら考える。
瑞との関係は、郁の片思いのままずっと変わらない。変わらないのだけれど。それでも、どこか、以前とは違うと郁は感じている。
その変化は、日に日に大きくなる郁の際限ない想いに比例しているようで、郁は少し怖くなるのだ。友だちでいいからそばにいたいなんていう綺麗ごとは、もう通用しない。独り占めしたいし、彼の一番になりたいし、絶対に誰にも渡したくない。そんな自分の歯止めの聞かない思いが、彼と築いてきた一年間のすべてを壊してしまうのではないか。それが怖い。
一年前、弓道部主将の宮川に恋をしウキウキしていた頃の自分とは違う。瑞を好きになって、自分の中にこんな黒々とした感情が存在していたことに衝撃を受けた。この感情の走る先に幸福なハッピーエンドがあるとは、到底思えない。
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作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白