影惑い 探偵奇談19
「わっ」
ひとごみに押され姿勢を崩したところで、そばにいる別の誰かにぶつかってしまった。伊吹は尻餅をつく。
「すみません」
顔を上げて詫びる。制服姿の、同じ年頃の青年が、同じように尻餅をついている。
「いえ、こちらこそ」
柔らかく笑う彼に、重ねて詫びる。立ち上がり、彼の持っていた傘を拾って手渡し、伊吹は会釈をしてその場を離れようとした。
「あ、待って」
呼び止められ、振り返る。
「はいスマホ。落としてますよ」
ポケットから落ちたようだ。危ない危ない。
「すみません。ありがとう…」
それを受取ろうと手を伸ばしたとき。
「…?」
妙に冷たい感覚が手のひらに走った。氷のように冷たいスマホ。しかしそれは一瞬のことで、いつものような感覚で、手のひらにおさまる。
「それじゃあ」
青年が背中を向けて去る。伊吹は、そこから目を離せない。なぜだろう。なぜか、あの青年から目を離してはいけないと、警告めいた感覚が浮かんでくるのだ。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白