影惑い 探偵奇談19
影は常に寄り添いて
ゴールデンウィークに瑞の実家に行くことが決まってからは、そこに向け伊吹の四月は風の如く過ぎていった。部活、大学の資料集め、荷造り、課題に次ぐ課題。
瑞は京都帰省に伊吹が伴うことを無邪気に喜んだ。進路の為の遠出ではあるのだが、この後輩の生まれ育った町へ行けることもまた、伊吹にとって楽しみの一つだった。
連休初日。朝。
伊吹は瑞とともに駅にいた。ここから京都に向かうのだ。紫暮は一足先に京都に戻り、伊吹を迎え入れる準備をしてくれているとのことだ。自分の為に時間を使わせて申し訳ないなと思う。
駅の待合室でコーヒーを飲みながら、伊吹は瑞に尋ねてみる。
「…なんか緊張してきたなあ。瑞の家族ってどんな感じ?」
「え?別に普通の家族だから大丈夫だよ。母ちゃんは怒ると阿修羅だし兄ちゃんはあんな感じだけど、父さんは菩薩だよ。まじ仏」
「菩薩…」
「めちゃくちゃ優しい。姉ちゃんも怒ると不動明王だけど、別に普通です」
「普通…」
阿修羅だの菩薩だの仏だの不動明王だの、家族を形容するにふさわしいのかどうかわからない単語が飛び出すものだから、伊吹は期待せずにいられない。
「ほんとに、全然気ィつかわなくていいですからね」
「うん、ありがとう」
楽しみ、と言いかけたところで、手土産の一つも持っていないことに気づく。いかん、と伊吹は立ち上がる。
「ごめん、ちょっとおみやげ買ってくる」
「そんなのいいってば」
「駄目だ、世話になるのに」
まだ電車が来るまでわずかに時間はある、荷物を瑞に任せ、伊吹は駅と直結しているデパートの土産売り場に入る。そこそこ人がいる。大型連休に帰省する人も多いのだろう。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白