影惑い 探偵奇談19
その名
自分に好意を寄せている(まだ推測だけど)女の子を泣かせ、好きだと言わせようと詰め寄り、あまつさえ思い余って抱き寄せた挙句、喧嘩腰に傲慢な思いを言い捨ててきた。
(俺って最低…もう最悪…)
瑞は絶望的な足取りで弓道場への道を引き返していた。
郁の態度がどうしても理解出来なくて、以前のように屈託ない関係に戻りたかっただけなのだ。それなのに、彼女が嘘をついて瑞にだけ本音を隠しているのが悔しくて、それを正したかっただけなのに、いつの間にか好きだと言わせてやりたくなって。
「うああああああああ…!」
頭を抱えて瑞は悶えた。自分はなんて幼稚で自分勝手で最低な男なのだ。埋まりたい、凍土に。
「奇声あげてどうしたんだ」
「あ、お、おはようございますっ!」
弓道場に戻ると伊吹がいた。いまの大騒動を見られてはいなかっただろうか、と瞬時に顔が赤くなる。
「おはよう。荷物はあるのにいないから。どこか行ってたのか?」
「はあ、ちょっと…」
よかった、見られてはいないようだ。とりあえず一度落ち着き、片付けを済ませて先に弓道場を出る。
(結局俺は何がしたいわけ?)
校舎までの道を歩きながら、瑞は自問自答する。あの頑なに気持ちを隠す郁に好きだと言わせて、それで満足なのか?
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白