影惑い 探偵奇談19
初めて会う?違う、どこかで会っている…。俺はこいつを、知っているはずだ…。
「俺の名前、言えるよね?」
気安く声を掛けてくるくせに、その言葉には有無を言わせぬ強制力がある。
「ゆ、」
乾いた唇が、瑞の意思に反して動く。その名前は忌むべきものなのに、口にしてはいけないのに。命じられれば、逆らえない。
「夕島(ゆうじま)…」
「はい正解」
それは昼と夜の境目に立つ者。逢魔が刻に現れて、日常に差し込む魔。
「カワイイ同級生。優しい先輩。愉快な友達。頼れるオニイチャン。青春を謳歌して楽しそうで何よりだけど、俺のこと忘れてない?ひどいなあ。こうして時々おまえの前に出てきてやらないと、俺のこと忘れちゃうでしょう?」
距離を詰めてくる人懐っこい笑顔。後ずさる。本能が危機を告げている。これは危険な存在だと。
「会いに来たんだ。遊ぼうよ瑞」
「来るな…」
蠱惑的な笑みを浮かべ、夕島は近づいてくる。背中には、扉。ここを開けて脇目もふらずに走れば逃げられる。逃げられるのに、出来ない。一瞬でも、目の前のこれから目を逸らすことが、恐ろしくてたまらなかった。
「逃げられると思ってる?」
愉快だと言いたげに、夕島は笑う。なんという冷たい笑みだろう。瑞は息を呑んだ。
「逃げられないよ。華やかなおまえの人生にも、ちゃんと影は落ちるんだから。足元を見てみろよ」
凍り付いたような眼球を何とか動かし、瑞は己の足元を見た。夕日で出来た長い長い自身の影。
「光と影は表裏一体。光が強いほど、影は濃くなり力を増す。善と悪もまた同じ。幸福と不幸もね。この世に存在するすべての物が、二つの顔を持っている」
夕島には、影がなかった。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白