影惑い 探偵奇談19
「幸せな高校生活に、何一つ汚点を残さず歩けるなんて大間違いだ。おまえはもっともっと苦しまないと駄目じゃないか。な?」
笑う夕島の両手が伸ばされ、瑞の首にかかりそうになる。逃げられない、と身を更に固くしたそのとき。
「この場で勝手は許さぬぞ」
凛とした声が響き、瑞の身体が動きを取り戻す。夕島の後ろに、白い髪の少女が立っている。作務衣姿のそれは、沓薙の一柱である。
「お狐さん…!」
山とこの学校を守護する白狐である。これまでも幾度となく関わりをもち、時に助けてもらった存在だった。
夕島はつまらなそうにため息をついて狐を一瞥すると、瑞に向き直って笑った。
「まあいいけど」
瑞の脇を抜け、彼は教室の扉を開ける。
「バイバイ、また来るね」
にこりと笑うと、夕島は出て行った、こつこつこつと、足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなったところで、瑞はその場にへたり込んだ。助かった、と強烈な安堵がやってくる。心臓が激しく高鳴っており、今になって恐怖が沸き上がってきた。白狐が現れなかったら、自分はどうなっていたのだろう…。
「おぬし、妙なものに魅入られておるのう」
白狐がそばにやってきて、屈みこんで瑞の顔を見る。
「大事ないか」
「ありがとう…」
少しずつ、鼓動が正常に戻ってくる。
「妙な気配を感じて来てみれば…」
「お狐さん…あれ、なに?なんなの?」
「魔が人の形を持っておるのだろう」
「魔…」
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白