影惑い 探偵奇談19
日直だった瑞は職員室で担任の手伝いをしているうちに、部活へ行くのはすっかり遅くなってしまった。急いで弓道場へ行かなくてはと、まずは荷物をとりに教室へ走る。
進級してから、日々はめまぐるしく過ぎていく。一年生を交えた毎日の部活動、副将としての仕事、繰り返される小さなテスト、授業課題。忙しくて目が回る。進路についても考えなくてはいけないし、ぼさっと過ごしたい瑞にとって年度初めのこのバタバタとした雰囲気が結構ストレスだった。早く慣れたい、と切実に思う。
放課後の教室にが誰もいない。特進クラスだろうがヤンキーだろうが、部活動か同好会に入ることが半ば義務化されている学校である。運動部も文化部も活気があり、放課後に遊んでいる生徒はまずいない。
(まぶし…)
毒々しいオレンジが窓から差し込んでいる。窓の外、山際に沈んでいく太陽が、夜を迎える前の最後の輝きを放っている。いつもは美しいと思う夕焼けが、今日はなぜか禍々しく思える。
(あれ…)
以前にも、同じような夕焼けを見たことがある。あれはいつだっただろう。誰と見たのだったろう…。胸騒ぎのような不安がせり上がってくる。このままあの夕焼けを見つめていたら、取り返しのつかないことになる、そんな焦燥。
(…急がなくちゃ)
スクールバッグを肩に掛けて出口へ足を向けたその時だった。
「よう瑞」
声。振り返った先に立つ、夕日に照らされた男子生徒。見たことのない学生服。この高校の生徒ではないことは一目で知れる。なぜ俺の名前を、と意識する前に、先ほどまで自分が夕日を眺めていた窓際には誰もいなかったはずなのにと思い立ち、ぞくりと背筋が粟立った。
それは、瑞の机に腰掛けて、ひらひらと手を振っている。
誰だっけ、こいつ…。知らないはずなのに、知っている。記憶ではなく、もっと別の部分が覚えている。全身に警告が走るのがわかった。逃げなくては。しかし身体が動かない。
短い黒髪。どちらかといえば小柄な体躯。人好きする笑み。だけどその切れ長の瞳の奥は笑っていない。憎悪めいた感情を微笑みに乗せて、彼は瑞を見つめている。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白