影惑い 探偵奇談19
二つの顔
進路指導室を後にし、伊吹は昼休みの廊下を教室に向かって歩いていた。大学進学は決めているものの、具体的なことはまだよくわからない。どの科目も同じくらい勉強はすすめているが、伊吹にはここに行きたい、ここで学びたいという明確な意思やビジョンがあまりなかった。両親からは、進路は好きにしていいし、一人暮らしを経験するという意味で県外に出るものいいのではという話もしているのだが。
(うーん)
その旨を進路指導の教師に相談すると、いろいろな大学に足を運ぶのも一つだと言われた。大学の雰囲気などに触れることもまた、意欲につながるからいいぞと。ちょうどゴールデンウィークを控えているし、それもいいかもしれない。
「伊吹くん」
「あ、紫暮さん」
前から歩いてきた紫暮に呼び止められた。小脇に教科書とチョークの箱を抱えている。次は授業があるらしい。スーツを隙なく着こなした彼は、実習生どころかもう教師にしか見えない。少しも浮ついたところがない落ち着きっぷりである。授業中に絡んできた1組のヤンキー柴崎くんを、赴任二日目にして勢力下に置いた力は伊達ではないのだ。
「進路指導かい」
「はい」
並んで歩きながら、ふと伊吹は紫暮に尋ねてみたくなった。
「紫暮さんは進路を決定した基準ってありましたか?」
「うーん、そこまで明確な希望があったわけじゃないんだけど、国立で、教育学部があって、寮があるところ、で選んだよ。あとちゃんとした弓道部があるところ」
優秀だからこそ、選ぶ余地もあるのだなと伊吹は羨ましく思う。
「京都は学生の町だから。いろいろな学校があって面白いよ」
「京都か…」
ここからさほど遠いわけではない。両親も反対はしないだろうし、自分の行きたい学校が見つかるかもしれない。事実、いくつか候補に挙がっているのは京都の大学だった。
そうだ、と紫暮が突然手を打つ。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白