影惑い 探偵奇談19
「そうだ、ゴールデンウィークだけど」
「え?」
「母さんが一回帰ってこないかって。父さんも金沢から戻ってくるみたいだし、おまえたまには顔を見せに帰ってこい」
京都はそんなに遠いわけではないのだが、弟は実家に寄り付きもしない。こちらでの生活が充実している証拠なのだろうけど、元気な顔を両親に見せるのも親孝行の一つというものだ。
「うーん…でもなあ…」
「部活もないだろ。弓道場も学校も閉鎖されるって聞いたぞ。じいちゃんもいないしな」
「えっ、じいちゃんなんで!?」
「老人会のバス旅行で、岐阜の温泉って言ってたぞ。俺も大学に戻るしな」
考えとくけど、と弟はつまらなそうに呟くのだった。
「もう寝ろ。明日も朝練あるんだから」
「うん。あの、アリガト…」
心底悔しそうにモゴモゴと礼を言うものだから、紫暮は思わず吹き出しそうになって顔を背けた。相変わらず紫暮の目を見ないまま、ヌーと扉の隙間へ平行移動し、弟は自室に帰って行った。
(まあ、頑張れ)
これまでだって散々説教臭いことを言ってきた。これからだってきっと口を出したくなるけど、弟はもう立派な一人の人間だ。どんな進路を選んだとしても、その道を信じて背中を押してやれる兄でありたいと、紫暮はようやく思えるようになった。
大切な人達と離れてしまったからといって、心まで離れていくわけではない。祖母を失ってから、別離に対して大きな不安を抱えるようになった弟に、紫暮は伝えたい。いつかあいつがもう少し素直に紫暮の話を聞けるようになって、怖くて不安でたまらないそんなときに。
離れていても、生きていても、死んでいても、その距離や関係が崩れ去ることはない。大切なものはいつもそばにあるんだよ、おまえが考えている以上に、と。
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作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白