影惑い 探偵奇談19
瑞が伊吹に持つ切羽詰まったような感情の正体が、紫暮には見えない。まるで身体の一部を切り取られてしまうかのような悲壮感なのだ。だが弟は本気で思いつめている。京都を飛び出して、たった一人でやってきた高校で出会った先輩。その存在の大きさを改めて思う。まさに自身の人生を変える出会いだったのだろう。それにしたって物凄い執着だ。友情とも恋愛感情とも家族愛とも違う。
「それに、夢も目標もないけど一緒にいたいからっていう理由で進学することには、間違いなく伊吹くんは反対するだろう。賭けてもいい」
その言葉に、瑞は項垂れた。恥じ入るように。
伊吹が、瑞の選択を喜んで受け入れるとは思えなかった。あの子は確かに優しく人の気持ちに敏感だ。しかし同じくらい責任感があって、大事な後輩の人生の岐路をそんな安易な理由で決めていいはずがないと進言出来る意思の強さも持っているはずだから。
「卒業して離れたから、それで終わりってわけでもないだろ。あまり悲観しなくていいよ。大人になっても、大事なひととの関係は続く」
でも、と物凄く不安そうな顔をする瑞。
「勿体ないよ、おまえ。まだまだ別れる日のことなんて考えなくていい。これから楽しいこといっぱいあるし、部活も充実していく時期だろ?」
「うん…」
「短い高校生活を、そんな悲観して過ごすなんて損だよ。自分の進路が見えてきたら、気持ちも自ずとそこに向かっていくから心配するな。瑞がいま、一番頑張りたいことって何?やりたいことは?」
この質問には、すぐに返答が返ってきた。
「先輩達と、一日でも長く弓を引きたい」
「それでいいじゃないか」
「…わかった」
納得したのかしていないのか、弟の声色が少しだけ軽い物に変わるのがわかった。
作品名:影惑い 探偵奇談19 作家名:ひなた眞白