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星の流れに(第三部・焦土)

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11. 再会、そして永久の別れ



 それから数年、幸子は病院で忙しい日々を送っていた。
 まだ薬も栄養も不足していたが、従軍していた医師も次々と還って来て戦地とは比べ物にならない、まともな医療に従事することができた。
 幸子は再び戦争を相手に戦い始めたのだ、戦争で傷ついた人々を救うと言う戦いを。

 そして……ある朝、病院に担ぎ込まれた女性を見るなり、幸子は息をのんだ。
「静子! 静子じゃないの!」
 病院で働き始め、住む場所も得られた幸子は立て札に自分の居所を書き加え、その後も何度も立て札に何か書き加えられていないか確かめに行ったし、ぽつりぽつりと戻って来る顔見知りに、彼らが知っていることは全部聞いた。
 両国橋から上流へ向かって泳ぎ出した姉妹……それが静子と静枝だと言うことには確信に近い思いを抱いていた、だが、数年たっても連絡がないと言うことは、無事にどこか安全な場所へ泳ぎ着くことは出来なかったのかも知れない、そう考えざるを得なかったのだ。
 親友が生きていたと言うのは嬉しい、元気な姿で会えたのなら抱き合って涙を流し無事を喜ぶところだ。
 だが、担ぎ込まれた静子の顔色は土気色、意識もなくかなり危ない状況だと言うことは医師の診断を待つまでもなくわかる。
「静子! しっかりして! 一体何があったの?」
 幸子はその手を握った……冷たい……。
「この人を見つけた時の状況は?」
 幸子は担ぎ込んで来た警官に尋ねた。
「公園に倒れていた、暴行を受けた上に犯されたんだろう、着衣ははぎ取られていた」
「なんてこと……」
「本官はこの女を知っている、何度もしょっ引いたからな……いわゆるパンパンだよ、進駐軍相手に体を売って金を得ている女だ、おおかた痴情のもつれでこうなったんだろうな」
 まるで静子の自業自得だと言いたいかのような物言い……。
「私はこの人を良く知ってる、親友なのよ! お金欲しさに身を売るような人じゃない!」
 警官は幸子の勢いに少し気圧された様子だったが、態度を変えることはなかった。
「パンパンはパンパンだ、体を売って金を得ている卑しい女には違いない」
 幸子は思わずカッとなった。
「誰のための警察!? 日本人のため? それとも進駐軍のため? 身を売ってまで懸命に生きている女一人守ってあげられないで……それでも日本の警察なの!?」
 幸子の剣幕に注目が集まり、警官は身の置き場に困っている様子だったが、幸子の怒りは収まらない。 
「あたしの兄はフィリピンからまだ還っていないわ! 日本を、日本人を守ろうと戦ったのよ! 兄だけじゃない、兵隊さんはみんなそう、それなのにあんたはそれでも日本男子なの? 兵隊さんたちの死を無駄にするつもり?」
 警官の胸倉を掴んだところで医師が飛んで来て割って入った。
「中山君、今は患者の処置が優先だ、酷い肺炎を起こしているぞ」
 幸子はそれを聞いてはっと我に返り、警官の胸倉を離した。
「知り合いか?」
「親友です、いえ、戦友の誓いを交わした仲です」
「では何としても助けないとな」
「はい」
 幸子は医師と共に静子を病室に運んで行き、警官はきまり悪そうにその場を後にした。

 湯たんぽで体を温め、ブドウ糖点滴を施す……本当ならつきっきりで看病してやりたいところだが、他にも患者はたくさんいる、幸子は断腸の思いで他の病室を回っていたが、翌朝、幸いにして静子は危機を脱し、意識も回復した。
「幸子? 幸子なのね?」
「そうよ、静子、良く生きててくれた……」
「幸子も……南方へ行ったと聞いてたから心配してた……立て札は見たわ、無事に帰って来てくれたのを知って嬉しかったけど、今のあたしは幸子に合わせる顔がなくて……」
「何言ってるの? 生きてるだけで、生き延びただけで充分に立派なことよ、何も恥じる事なんてない」
「ありがとう……ごめんね、すぐに知らせなくて……」
 親友同士、いや、戦友同士は固く手を握り合って再会を喜んだ、いや、再会をと言うよりもお互いにここまで生き延びて来られたことを喜び合ったのだ。

「そうだったの……私も復員して来て両国の有様を見た時は呆然としたわ……大好きな水泳が静子と静枝ちゃんの命を助けたのね……わたしもそう、静子と一緒に泳いで体力をつけてたから生きて戻れたの、飢えや風土病で命を落とした看護婦もたくさんいたのよ」
「でも良かった……こうして生きてまた会えるなんて……」

 二人の話は尽きないが、残酷なことに、静子には時間はそう長く残されてはいなかった。

「肺炎の原因はクラミジアだったよ」
 静子の検査を終えた医師は、まだ十五歳の静枝ではなく、幸子にその結果を伝えた。
「クラミジアは彼女自身が持っていたものだ、体力が落ちている中寒空に放置されたことで肺炎を引き起こしたのだろう」
「と言うことは……」
「残念ながら梅毒に冒されている、肝臓も調べたがかなり悪い、その上」
「その上?」
「このレントゲン写真を見てみたまえ」
「これは……」
「肝臓ガン、それも末期だ、残念だがもう手の施しようはないな」
「先生……静子は……」
「残された時間をできるだけ安楽に、有意義に過ごさせてあげなさい」
 やんわりとだがはっきりとした医師の宣告……幸子は言葉を失った。
 南方でも東京でも沢山の人々が亡くなるのを目の当たりにして来た、どの命も救いたいと願って尽力して来たことに嘘偽りはないが、肉親にも等しい親友となればやはりショックは大きい。
 だが、医療に携わる者として医師の見立てに誤りはないことも理解できる、静子に残された時間がわずかであることもわかってしまう……残酷なことだが。
 静子の病室に向かう途中、ふと涙がこぼれ出してしまい、幸子は歩を止めた。
 両国のあの惨状を生き延びた静子、静枝の命も救った静子、両親を失い、仕事どころか食べ物もない中、パンパンに身を堕とそうとも懸命に生き、静枝を守って来た静子……その強い静子が病魔に屈しようとしている。
(せっかくここまで生きて来たのに……そんなのってない……)
 そう思うのだが、事実は事実として受け止める他はない、せめて最期まで付いていてやるのが看護婦としての、そして親友としての務め……。
 幸子は涙を拭って再び歩き始めた。
 
「あら、静枝ちゃん」
「お世話になります」
 静子のベッドの傍らには静枝が付き添っていた。
『あの夜、妹を母から託されたの、生き延びて妹を守ることが自分の戦い』静子はそう言っていた、その気持ちは痛いほどわかる、兄も家族を、両国を、日本を守るのだと言って出征して行った。
 自分も少しでも兵隊さんの役に立ちたいと言う思いで看護婦になった、何かを守りたいと心から思った時、人は強くなれるものだ。
「顔色が良いわ、早く元気になってね」
「うん……」
 静枝の返事には力がなかった……ここまで気丈に生きてきた静枝にしては弱々しい。
(自分の体の状態を知っているのかな……)
 そんな思いも頭をよぎる。
 実際、あれほど肝臓をやられていれば動くのも億劫だったはずだ、『顔色が良い』とは言ったがそれは方便に過ぎなかった、黄疸の症状も明らかに出ている。
 幸子は看護婦として点滴を取り換える、中味はブドウ糖と抗生物質だ。
作品名:星の流れに(第三部・焦土) 作家名:ST