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短編集62(過去作品)

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 父親をあまりよくは知らないが、描いている漫画の世界とは程遠い生活をしているように思う。明るく真面目な青年が、まわりの世界に揉まれながら成長していくというシチュエーションの漫画を読んだのだが、松本を見ていると、絶対にモデルは彼ではないことは一目瞭然だった。
――モデルなんているのだろうか――
 漫画はあくまでもフィクションである。過激なところはあまりない作品だったので、フィクションにしなくてもいいくらいだが、それも時代が許されたのだろう。
 松本は高校を卒業すると、芸術大学に入った。ずっと家からの通学だったが、私は大学は別の土地での一人暮らしとなった。
 就職は地元ですることを最初から決めていたので、卒業してから、戻ってきたのだ。
 その時までしばらくは、松本のことを忘れていた。自分のことで精一杯であったのも事実で、仕事もさることながら、結婚を前提に付き合うことになった女性もいたので、それどころではなかったのだ。
 仕事は一年もすれば慣れた。営業の仕事で、最初は、
――俺にできるかな――
 と思っていたが、それも最初の一年だけだった。
 深く考えすぎるところがある私は、
――営業って、何をすればいいんだろう――
 と、そればかりを考えていた。
 会社の製品を決まったルートのお得意先にたくさん売ってくればそれでいいんだということは分かっていても、そのために何をするかという基本的なことが分かっていなかった。
 営業というのは人間関係なので、相手が喜ぶことをすれば、きっと誠意が通じて買ってくれるに違いない。それは分かっているのだが、相手もなるべく安く仕入れることを考える。したがって、無理難題を言われることもある。
 私も自分の会社の利益のために仕事をしているのだ。売上ばかりを重視すると、利益を減らしてしまう。かといって利益ばかりを優先すれば、相手に不誠実と思われて、当初の考えを自らが否定することになってしまう。それだけは避けたかった。
 しかし、人の助言や、先輩の行動をじっくり吟味していくと、そこから見えてくるものがある。
 元々SFが好きだった私は、大学時代のSF研究会に所属していたと言っていた先輩セールスマンの話に共感していた。
「何も難しく考えることはないのさ。ワープと同じで、時空の波を一直線に駆け抜けるイメージを持てばいいのさ」
 最初は何のことを言っているのか分からなかったが、要するに必ず両者の落としどころがあるはずだというのだ。
 分析することも大切だが、何よりもお互いの気持ちがバイオリズムと同じで、一定の周期になっていることに早く気づいて、それを図にすれば分かってくるというのだ。
 騙されたつもりでやってみると、案外的を得ていたりした。次第に私もその考えに乗っていったのである。
 そのうちに図にしなくても感覚で分かるようになっていた。仕事というのが面白くなってきたのはそれからだった。
 ちょうどそんな時、得意先の受付に気になる女性がいた。彼女は名前を山村詩織といい、いつの間にか顔を合わせると、お互いにニコニコするようになっていた。
 そのうちに目を逸らしても詩織の視線を感じるようになっていった。目を合わせている時よりも視線は熱い。
 詩織の会社の近くで、時々昼食を食べていたが、ある日、詩織がその店にやってきた。近いと言っても歩いて十分は掛かるところである。
「本当に偶然だったの?」
 と訊ねた時、
「さあ、どうかしら?」
 大人びた会話だった。
 だが、詩織と大人びた会話をしたのは後にも先にもその時だけだった。詩織という女性は一口で言えば、「まるで子供」で、いつも恥ずかしがっている女の子だった。
 そのわりに仲良くなるまでに時間は掛からなかった。やはり昼食を食べているところに現れたのは偶然ではない。私を追いかけてきたに違いない。後から思えば、ずっと詩織のペースに巻き込まれていたように思える。一緒にいる時間があっという間に過ぎていったのもそのせいだろう。
 詩織と一緒にいる時は、他のことはまったく頭にない。それまでまともに女性と付き合ったことのなかった私が初めて真剣に付き合った相手である。年齢的にも結婚を考えてもいい歳だった。きっと詩織も同じことを考えてくれているに違いないと思っていたのだ。
 詩織はまったく逆らうことをしない。かといって、会話が途切れるということもない。どちらかというと無口な私は、時々何を話していいか分からなくなることもあった。それでも、かなり会話ができるようになったのである。それも詩織のおかげだと思っていた。もちろん、営業トークとはまったく違うものである。
 私が何を話していいか分からずに戸惑っている時が、一番詩織が詩織らしいところだと思っている。
 詩織は、
「私は嫌って言えないタイプなの」
 恥ずかしがり屋で、嫌と言えないタイプというのは、男にとって、これほど本能をくすぐる相手はいないだろう。言葉が途切れれば、詩織は怪しい視線を送ってくる。「淫靡な視線」である。
――以前にも感じたことがある――
 それは、松本の義母の視線だった。
 中学生相手にお姐さんが見せる怪しい視線、相手を上から下まで舐めるような視線、
「私はあなたのすべてを見ているのよ」
 と言わんばかりの視線に、何度かなしばりに遭ったことだろう。詩織に対しても同じ思いが身体の芯から湧いてくる。
 そんな時、二人はオトコとオンナになる。どちらが主導権を握るというわけではなく、無性にお互いを貪りあいたくなるのだ。そんな時に先輩セールスマンの言葉を思い出す。
「何も難しく考えることはないのさ。ワープと同じで、時空の波を一直線に駆け抜けるイメージを持てばいいのさ」
 お互いのバイオリズムの焦点を一点に合わせようとする。お互いに彷徨っているものが周期的に重なるのを待っていることに気付く瞬間であった。貪りあいながら、お互いの満たされていないところを満たしあう。それが淫靡であろうが、大人に許された「聖域」だと感じるのは大袈裟であろうか。
 男女の関係とはそういうものだと思うようになると、松本の顔を思い出す。
――松本と義母――
 二人を見ていると、一足す一がニではなく、三にも四にもなりそうな気がしてくる。もっとも、それは今の私と松本の義母でも同じではないかと思うのは自分が女性に対して自信を持ったからだろうか。
――詩織に対しての自信――
 本当に自分を分かってのことなのかどうなのか、迷っているのも事実だった。
 詩織に対しての思いは、次第に強くなっていった。あまり一目惚れするタイプではない私は、詩織に対してだけは違った。やはり彼女が少し離れた場所にまで来てくれたという思いと、さらに何とも言えない甘えた雰囲気の成せる業であろうか。
 しかし、理由はもう一つあった。こちらの方が理由としては大きいかも知れない。
「私、この間まで社内恋愛していたの。でも、彼が転勤になっちゃって……」
 彼女の口から直接聞いた。最初は、彼氏がいなくなった寂しさを私で紛らわそうとしているのかと思ったが、どうも違う。彼女のように甘えん坊だと、会社でも人気があったはずだ。
作品名:短編集62(過去作品) 作家名:森本晃次