短編集62(過去作品)
そんな野球人生も楽しいものだ。今までの自分は、相手を意識することはなかったが、相手を意識することで、さらなる上達、そして精神的な充実感を得ることができる。初めて野球の醍醐味を感じることができたのだ。
就職活動も野球のおかげで何とかなった。大学野球部のつながりがある企業に就職できた。就職先での野球部は、都市対抗に出れるか出れないかという程度のチームで、谷中は救世主的な扱いを受けた。その頃すでに谷中の野球人生は峠を越えていた。充実時期は大学時代がピークだった。
大学時代に少し無理をしたのかも知れない。
就職して最初の一年くらいはそれなりに活躍できた。だが、二年目に肩を壊してしまって、少なくとも一年間は棒に振らなければならなかった。
手術するまではなかったが、半年はボールを握ることもできず、握れるようになってもそれから元の状態にまで筋肉を戻すにはさらに半年は掛かるだろう。実際に一年を要する一大事業だった。
一口に一年と言っても、その人がどう感じるかである。
やっと大学時代にライバルの存在をありがたく感じ、野球の醍醐味を味わえるようになったかと思えば、また一人孤独なリハビリとトレーニングに勤しまなければならない。最初は意地でも乗り越えてみせるとまわりに話をしていて、自分でも何とかなるだろうと半分タカをくくっていたが、実際には精神的な面で実に苦しいものである。
最初の一ヶ月がまるで一年のように感じる。
ボールを握れない悔しさ、いや、情けなさである。まわりからは、
「焦らずにじっくりだぞ」
と最初の頃は声を掛けてもらっていたが、そのうちに皆声を掛けてこなくなる。自分のことで精一杯で、人のことなど構ってられないのが事実である。そんなことは百も承知で、野球のできない自分のためなどに気を遣ってもらうのは、却ってこっちもぎこちない。それならば一人の方が気楽というものだ。
中学時代の一人が気楽だった頃をよく思い出すようになった。孤独という寂しさを感じたこともなく、ただ一人が気楽だと思っていた頃だ。
だが、その頃に心の中にポッカリと開いた穴があったのを思い出していた。忘れていたわけではない。わざと心の奥に封印していたものだ。
――思い出すことなどないだろう――
大学時代にライバルを意識し始めてからの封印だった。実際に封印した時期が遠い昔に思えてならなかった。
気楽だった時期を思い出すと、今度は二ヶ月目からは気が楽になった。それまで長く感じられた時期が、次第に短くなり、五ヶ月が正味の五ヶ月に感じられたのだ。
リハビリの時期には焦りはなくなっていた。
練習グラウンドの外野を一人走ったり歩いたりするリハビリトレーニング、そして少しずつボールを投げるようになると、精神的には肩を壊す前よりも余裕が出てきたことに気がついた。
――人間が一回り大きくなったのかな――
こんな時こそ、何かいいことが起こるに違いないと考えていたのは、どこかに神様の存在を信じていたのかも知れない。
もっとも神様の存在を信じないと、きっと肩を壊してからの人生が変わっていただろう。荒れていたかも知れないとも感じるほどだ。
その頃によくグラウンドの横を歩いている女性がいるのに気づいていた。彼女の視線はグラウンドというよりも谷中を見つめている。そう、彼女が史子だったのだ。
彼女も同じような人生を歩んだ経験のある女性、頭のいい史子には、彼の人生を想像してみたい願望に駆られていたのだ。
谷中も気持ちに余裕があるのと、
「何かいいことが起こるのでは」
という気持ちがあるのとで、お互いに目で挨拶を交わす時期が続いた。
最初に声を掛けたのは谷中、そしてデートに誘うようになったのも谷中である。だが、決して自分のことを史子が好きになってくれたという意識はなかった。もっとも史子は自分から相手を好きだというような女性ではなかった。
谷中は純粋だった。それまで女性と付き合ったこともないほどの純粋さで、いろいろな男性を見てきた史子にとってはオアシスのような存在である。
谷中にとって史子の存在は、自分がステップするために必要な存在であることに気付いていたのだろうか。少なくとも史子には気付いていた。
「私が一緒にいることで、この人はステップアップできるんだわ」
という思いがあるせいか、付き合って身体を重ねるようになってから、ベッドでの主導権は史子が握っている。
ベッドで主導権を握っているからといって、すべてを支配しているわけではない。むしろ谷中が何かに気付くための余裕を与えている。身体の動き、そして呼吸方法、そのすべてに野球に結びつく何かが潜んでいる。
水泳という全身運動をやっていた史子にだから分かる理屈である。特に呼吸方法の大切さは誰よりも分かっていることを自負していたからだ。
「この秋はトンボが多いね」
「そうね」
グラウンドの横にある土手に座って、二人で空を見ていた。そんな他愛もない時間が二人にとって一番好きな時間だった。身体を貪りあう時間が本能に任せた時間であるならば、他愛のない時間は、本能を休ませる時間だと思っている。休ませながら、何かを感じる時間でもあるのだろう。
トンボの動きを見ていると、無理をしないとできない行動に見えていた。空中で静止することのできるトンボは、見えないほど高速で羽根を動かしている。普通に見れば実に無理をしているように見える。だが、トンボにとっては自然な行動なのだろう。なぜなら無理をしなくても、どこか枝にでも止まっていればいいからだ。
――皆それぞれ無理のない本能が存在するはずだ――
史子を抱きながら呼吸を整えながら考えたのはトンボのことだった。
史子の中に果てた後、無意識にタバコを吸う谷中。昇っていく煙を見ながら、無理のない動きを感じる。風に揺られて白い煙の濃い部分と薄い部分が微妙に揺れている。強い風では見ることのできない二人だけの密閉された空気の中での微妙な動きだった。
お互いに性や欲に対する貪欲さと、無理をしない本能とを知ることができる場所を与え合っている。それが結果として現れるのが谷中の右腕だった。
復帰後の谷中が肩を壊す前よりさらなる成績を上げたことは言うまでもない。
「生まれ変わった投球術」
社会人野球雑誌に、このような見出しが躍った。
「柔よく剛を制す」
この一言が貪欲さと本能を見切った結果を表わす言葉であった。
絵を描くことを志し始めた史子の最初の作品、それはトンボの絵である。それが描かれているのは、何を隠そう、谷中のバッグにであった……。
( 完 )
作品名:短編集62(過去作品) 作家名:森本晃次