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短編集62(過去作品)

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「私、昔から水泳をやっていて、これでもオリンピックの候補だったのよ」
 今までにその場限りの男性には、口が裂けてもいいたくなかったことだった。
――男性に心身ともに委ねたい――
 と思ってからは、自分への自慢話は封印していた。しかも、相手がその場限りで、自分が相手にとって、
「都合のいい女」
 であると分かってからは、決して口にすることはなかった。
 だが、彼にだけは話しておきたかった。
「そうなんだ。でも何となく分かる気がするね」
「どういう風に?」
「どこかプライドの高さを感じるんだけど、鼻が高いわけではない。きっと、自分の中に確固とした自信と、それを裏付ける実績があるから、身体の奥から溢れ出てくるものなのだろうね」
「どうしてあなたにこのことを話そうと思ったのか分からないの。でも、聞いてほしかったというのが素直な気持ちだわ」
「素直な気持ちが相手に伝われば、きっといい人が現れるさ」
「あなた……ではないの?」
「俺は違う。俺は所詮一夜限りの男さ。それでいいと割り切っているところがあるので、きっと俺と一緒にいると、後悔することになるんじゃないかな」
「そんなことない……」
 思わず出掛かった言葉を寸でのところで思いとどまった。
 その言葉を話していれば、ひょっとして彼とは一夜限りではなかったかも知れないと思うが、なぜか言葉にできなかった。これも、史子が自分の中に持っているプライドが邪魔したのだろう。
 その彼とはその時だけだったのだが、会話だけは忘れることもなく史子の頭の中から離れなかった。
 史子が彼と出会ってからは、彼女に寄ってくる男性を相手にすることはなかった。
 すると今度は、彼女の方で自分が好きな男性がハッキリと見えるようになってきた。だが、意外と史子の中で好きなタイプの男性というのが、幅広い性格であることが分かってきたから不思議だった。
――寄ってくる男性には感じたことのない感情を、冷静にまわりを見渡すだけで感じることができるなんて――
 パーティへの参加も以前にも増して積極的だった。誘われなければ行くこともなかったが、それからの史子は自分から探してきてでも参加するようになった。他の人から見れば、
「がつがつしている」
 と見えるかも知れない。だがパーティに参加するからといって、決して自分勝手な行動を取るわけではない。
 相変わらず彼女は目立っていた。身長の高さ、スタイルのよさは、さすがに他の参加女性の中でも群を抜いている。
 そんな中で彼女は積極的に男性の輪の中に入っていく。
 共通しているのは、男性単独の人は相手にしない。男性数人のところや、男性と女性が話をしているところに寄っていって、普通に会話するだけであった。
 中には史子を口説こうと必死になっている男性もいる。場の雰囲気を乱してでもという男性を見ていると、少しウンザリする場合もあるが、中には、会話を純粋に楽しんでいる人も多い。そんな男性の輪の中で、思わせぶりな態度を取ってしまっては悪いだろう。
 彼女は気に入った男性を目で誘惑する。目の誘惑を感じた男性は、自然に史子を意識し始めると、輪の雰囲気を乱すこともなくうまく会話を逸らし、途中で中座すると、史子も彼を追いかけて中座する。
 トイレの前で男性から連絡先の紙を貰うのも、いつものパターンで、すべてさりげなく行うことが紳士淑女の礼儀である。スリルを味わいながら、お互いに連絡を心待ちにする。そんな関係が楽しいのだ。
「君が一途なところさ」
 これは、仲良くなってから
「私のどこが好きなの?」
 と聞いて返ってくる答えだった。
 史子のスリムな身体に最初はコンプレックスを持っていた。鏡を見ても、どこか寂れた雰囲気が否めなく、暗い雰囲気があったからだ。いつも目のまわりにクマを作っていて、疲れたような表情は、自分でも納得がいかなかった。
 水泳をやめてからというもの、明るく振舞えなくなってしまった自分を隠したい一心で、「大人のオンナ」というイメージを作りあげようとしていたのかも知れない。
 そんな時に知り合ったのが、谷中吾郎だったのだ。
 谷中は、中学時代から野球を始め、最初は野手だった。
 まったく欲もなく、
「身体を動かすのが好きなんだ」
 という思いだけで、当時流行っていた野球漫画を見て、
「じゃあ、野球をやろう」
 と思って始めたのだった。
 中学の野球部もそれほど強いチームではなかった。県大会でもせめて三回戦までいければいい方で、いつもシード校と対戦すればコールド負けが「お約束」だった。
 皆負けることに慣れてしまっていた。
「今日はまあまあだったよな。とりあえず試合になってただろう?」
「俺なんて、ヒット打ったぜ」
 と悔しがるどころか、自分のことばかりを話題にする。話題のない連中はすぐに試合のことなど忘れてしまうような連中ばかりだった。
「野球が少々上手でも、甲子園にいけるような連中とは器が違うからな」
「そうそう、上の方のレベルってすごいからな」
 と、まるで他人事である。
 谷中も同じで、いつも自分のことしか考えていなかった。監督もおらず、部長先生も野球に詳しくないとくれば、選手はやりたい放題である。
 部室も荒れ果てていた。先輩の残した落書きも消されずに残っていて、卑猥な落書きも当然のごとく残っている。こんな環境では、野球をやっているだけで、上達などしようはずもない。
「運動部の部活なんてこんなものさ」
 部の予算だってたかが知れている。強いチームは学校や父兄からの援助もあるのだろうが、そんなものが望めるはずもない。
 谷中はそんな中でも純粋に野球が好きだった。部活が終わって空き地の壁に向かって黙々と練習をしていたものだった。
 それでもなかなかうまくなることはなかった。
 まず負け癖がついてしまっているのが最大の理由で、それに付随して、自分に自信がないのだ。自信がないと言っても技術に対しての自信ではなく、こんな環境の中で、自分がうまくなっていくという自信がないのだった。
 まわりの環境一つで自信がないというのであれば、きっとまわりからは、
「お前は逃げているんだ」
 といわれるだろう。確かに逃げの気持ちがあるのかも知れないが、負け癖がついてしまったものを燃焼させるのは実に困難だ。何かのきっかけでもなければうまくいくはずもない。
 中学三年生の頃、結果的に最後の試合となったが、県大会の二回戦のことだった。試合は完全に敗戦濃厚。その時に部長の粋な計らいで、
「どうせ負けるんだから、思い出にピッチャーをやってみたいやつは名乗り出なさい」
 と言われたことがあった。最初は皆渋っていたが、その時それを見た谷中の中で何かが弾けたのだ。
「じゃあ、俺が投げる」
 あまりにも消極的な皆を見ていて、
――こんな連中と一緒にずっと野球をやってきたのか――
 と我に返ったのだった。我に返ったというよりも、開き直っただけであるが、眠っていたものが起きたのだ。
 最後の試合という気持ちが開き直らせたに違いない。この期に及んでまだ煮え切らないのは見ていて情けなくなってくる。とにかくマウンドから見下ろしてみたかった。
作品名:短編集62(過去作品) 作家名:森本晃次