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短編集62(過去作品)

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シンクロニシティ



                 シンクロニシティ


 夜の帳が下りて久しい田舎道を歩いていると、風の強い中、遠くに見える山に雲が掛かっていた。
 風に靡く木々は、まるで「ムンクの叫び」の腕のごとく、歪に左右に揺れている。規則的ではあるが、微妙に違う強さのために、ウェーブが掛かったかのようである。
 一直線に続く道は、視界をキャンバスになぞらえると、上部七、下部三の割合で分かれて見えた。絵心があるわけではないが、
――日本三景の一つ、天橋立名物の「股のぞき」をすると、きっと上部が一で、下部が九くらいになっているかも知れない――
 という考えが頭をよぎったからだ。一つのものを見るのに、普通に見るだけでは面白くないと思っている柏木ならではの発想であろう。
 この道を歩くのは初めてだった。田舎道だということは聞いていたが、深夜になって、まさか田舎道を歩かなければならないなど、考えてもみなかった。仕事で取材する工場が深夜稼動で、ちょうど出版社営業所の社員の家が工場の近くにあるというので宿泊させてもらっていた。本来であれば、時間になれば車で送ってもらえるはずだったものが、急に家族の一人が急病で、車を使うことになったため、一人歩いて工場へ行くはめになってしまったのだ。
「送っていけなくてすみません」
 と丁重に頭を下げていたが、
「事情が事情なので仕方がないですよ。泊めてもらっているだけでもありがたいです。それよりも、早く病院に連れていってあげてください」
 病人は、唸っていた。そのわりにまわりは落ち着いていることを思えば、定期的に起こる発作なのかも知れない。病院への電話の内容を聞いていて、そのことが裏付けられていた。
 柏木は出版社の社員ではない。フリーのライターとしていろいろな出版社に顔は出しているが、仕事のほとんどは、ここ「国際出版」からであった。全体の八割を占めていたので、お得意さんである。
 国際出版は、名前だけを見れば大きな出版社のようだが、現実は中小の出版社で、営業所といっても、社員の家がそのまま営業所としての役割を果たしているところもあるくらいだ。したがって、ここも、家が営業所も兼ねていて、家族が事務をしていたりする。元々農家が主だったのだが、広い土地を遊ばせておくのももったいないとして、敷地の一部を出版社に提供した。
 そこの息子が出版社志望で、大手出版社に入社したのだが、どうにも大きな会社は性に合わないとして一年で退社したが、出版の仕事をあきらめられずに土地を貸している国際出版に話に行くと、とんとん拍子で所長に決まったというのだ。
 国際出版は旅や、地元の風土を掲載している小さな雑誌を発売するだけの会社だったが、あまり競合することもなくメディアにも受けたことで、地道ながら堅実な経営をしていたのだ。
 柏木は、本社で編集の仕事の傍ら、時々営業所を巡って取材の立会いを行っていたりしていた。もちろん、柏木自身も取材経験はあり、ノウハウに関しては本を読んだりして勉強もしていた。営業所での立会いも柏木にとっては現場研修の格好の場面。営業所めぐりも悪い気はしていなかった。
 工場の取材は、リサイクルの一環で、相手から取材の申込があった。自分から申し込んでくるくらいなので、よほど経営方針に毅然とした自信を持っているか、それとも、宣伝目的を前面に打ち出して、いいことしか言わないかの両極端であることも考えられる。それだけに報道に従事するものの使命として、キチンとそのどちらかを見分ける必要がある。事前に経営状況を調査した段階では、それほど経営が逼迫しているとは思えない。それだけに今回の取材は悪い気がしなかった。
 ご当地の自慢料理の堪能し、意気揚々と取材に向かうはずだったのだが、急な病気では仕方がない。出鼻をくじかれた形にはなったが、なるべくへこたれることなく仕事をこなすのもジャーナリストの役目である。
 顔に当たる風がやけに痛いと思っていると、どうやら霰が降っているようだ。風の冷たさで鼻を中心に両頬の感覚が麻痺しているので、よもや霰だとは思っていなかった。目も開けられないほどの吹雪は最初だけで、歩いているうちに風が少しずつ和らいでいた。
 気がつけば月も出ている。寒風吹きすさぶ中の月光ほど、身に沁みて寒さを感じさせるものはない。自らの光で輝いているわけではないという意味では、月から見た地球も、寒く見えるのかも知れない。
 風が強くなければ体感気温もここまで寒くはないだろう。さっきまで暖かい部屋にいたイメージだけが頭の中にあり、意識が暖かいものを欲している。だが、いつまでも暖かいものを欲する意識が続くとも思えず、そのうちに感覚が麻痺してくることだろう。
 アンデルセン童話の「マッチ売りの少女」の話を思い出す。
 寒さの中で幻影を見る。たった一本のマッチ、あっという間に燃え尽きてしまうマッチの中で見る幻影は、実際に見る夢に似てはいないか。
 夢というのは、目が覚める数秒間だけ見るものだと言われている。どんなに長い夢でも同じである。目が覚めるにしたがって楽しかった夢でも、恐ろしい夢でも幻のように消え失せる。夢が与える幻影は、超えてはいけない境界線の元、繰り広げられるものである。それだけに美しくもあるのだ。
 アンデルセンの「マッチ売りの少女」、最後には死んでしまうのだが、死を美化しているところがあることから、宗教的なニュアンスも強い。しかし、美しい物語であることに変わりなく、その美しさゆえに、はかなさも兼ね備えているのである。
 しばらく歩いていると雪が降り始めた。気温が下がり始めたのかも知れない。だが、雪が舞い始めると不思議と風は止むもので、体感気温はそれほど辛く感じなくなっていた。雪がしんしんと降るという言葉があるが、まさしくその通り、サンタクロースを乗せたトナカイのソリが、限りなく静かな鈴の音を鳴らしているかのように、雪が身体に当たる音を感じていた。
 歩いているうちに雪が深くなってくる。雪は今降り出したわけではなく、雪が降っているゾーンに入り込んだと考える方が自然である。
 雨にしても雪にしても、どこから降り始めるのか分からないものだ。雲が絶えず動いているからであるが、雨雲を追いかけるように自分が移動している場合もあるだろう。
 それにしても、ここまで違うとは不思議である。自然現象に対して知識がまだまだなので、どんなことが起こっても、
――これが自然の神秘なんだ――
 と感じることで納得していた。
 柏木は自分が実際に見たこと、経験したことしか信じない。自分で見たことですら信じられないこともあると思っているくらいなので、超常現象の類はあまり信じない方だった。だが、最近になって自分のまわりに超常現象が起こるようになっていることに気がついたのは、取材で田舎に行くことが増えたからだ。
 怪談じみた話を聞いて、その信憑性を取材に行くことが多くなったのだが、もちろん、信憑性がないことを証明しにいくつもりでいつも出かけていた。
 取材に応じてくれる人は、大げさな身振り手振りで柏木に超常現象を話してくれる。
作品名:短編集62(過去作品) 作家名:森本晃次