夢先継承
それは、大人に近づくにつれて自分の性格が固まっていく中で、自覚しているところが無意識というよりも必然的に表に出ているのではないかと感じさせた。
「晴美のような女の子が、アイドルになっていくんでしょうね」
と、別の女の子がそういうと、まわりは、うんうんと頷いて、誰も意義を唱える人はいなかった。
いつの間にか晴美はクラスでのアイドルとなり、学校中でもアイドルとなっていった。子供の世界では、両親のことなどどうでもよく、晴美の表に出てくる明るさは、誰の目から見ても、本物にしか見えなかった。
だが、実際の苦悩は晴美にしか分からない。
家に帰れば晴美は別人だった。
新しく父親になったインストラクターとは、ダンス教室では話をするが、家では一切話をしない。完全に晴美が義父を避けているのだ。
義父も避けられていると分かってはいたが、それを気にすることはなかった。むしろ母親の方が、間に挟まっている感じで、
「何とかしないと」
と思っていた。
晴美が一度、麗美に相談してくれたことがあった。麗美は空気を読めないところもあるが、なぜか人から相談されることも多い。晴美曰く、
「麗美には、何でも話せちゃうのよね」
ということらしいが、自分自身ではどうして皆がそう思うのか、よく分からなかった。
「私なら、麗美という女の子に何でも話せちゃうとは思えないけどね」
というと、
「自分のことだからよ。他の人とは見え方が違っているの」
と晴美は言ってくれたが、
「そう?」
というだけで、納得はできなかった。
晴美と同じことを、留美からも言われた。
「麗美を見ていると、話をしたくなるの。きっと何でも分かってくれるような気がしてくるからなのかも知れないわ」
というのが、留美の意見だった。
「私は空気も読めないし、口も軽いかも知れないわよ」
と言ってみたが、余計なことを話さないという自信はあったので、口が軽い方だとは思っていなかった。
だが、空気を読めないということは、言わなくてもいい余計なことを口にするからだと分かっていた。それなのに口が軽いわけではないと思うのは、
「余計なことを言うかも知れないが、人の秘密を話すようなことはしない」
ということだと思うようになった。
留美に言われるまでは、余計なことを言うのと、人の秘密をベラベラ喋るのとでは同じ性格から生まれるものだと思っていたが、どうやら違うことに麗美は気付いた。
それは、きっと麗美自身が、
――自分は空気が読めない――
と自覚しているからで、自覚があるからこそ、人の秘密は話さないのではないかと思っている。
空気が読めないというのは、目立ちたいという気持ちが先行していて、、
「このまま黙っていると、存在を忘れられてしまうようだわ」
と感じるからだった。
目立ちたいという気持ちがいずれアイドルになりたいという気持ちに繋がってきたのかも知れないが、空気が読めないことと、目立ちたがりだということを一番最初に結びつけて考えられなかったことで、大人になるまで、この二つを同じ次元で考えることができなくなっていた。
同じ余計なことを言うのでも、人の秘密を話すということが悪いことだというのは、子供でも分かることだった。
――自分の秘密を誰かにバラされたら嫌だわ――
と、人の秘密を知った最初に感じたことだったことで、麗美は決して人の秘密をしゃべることをしないと思うようになった。
これは、意識してのことだというよりも、無意識のうちに感じていることだ。
ツバメの子供が生まれた時、最初に見たものを親だと思うのと同じ感覚ではないだろうか。最初に感じたことがそのまま自分の理念になる。それは誰にでもあることだが、麗美の場合はその考えが強かったのだ。
麗美は晴美と話をしていて、
――彼女には何か私には分からない秘密があるんだわ――
と感じていた。
「私のお父さんは、義理の父親なのよ。お母さんと離婚してから、私はお母さんに育てられたんだけど、そのうちにお母さんには好きな人ができて、あっという間に結婚してしまったのね」
と晴美がいうと、
「晴美には、相談してくれなかったの?」
と麗美が聞くと、
「多分、まだ子供なので、相談しても結論が出ないと思ったんじゃないかって思うの」
「そうかなあ?」
麗美は、自分の中では明らかに違うと思っていたが、何とか晴美の気分を害さないように曖昧な答えを返すにとどまった。
「うん、そのお父さんというのが、私の本当のお父さんとは似ても似つかない人でね。私は嫌いなのよ」
「似ても似つかないって、それは顔のことではなくって?」
「うん、お母さんよりもだいぶ年下だということもあってか、ふわふわしているように見えるの。本当のお父さんはタバコを吸う人ではなかったけど、義理の父はタバコを吸うの。しかも、家の中で平気でね」
「それはひどいわね」
「お母さんも、前はタバコなんて吸ってなかったのに、最近は吸うようになったのよ」
「それは義理の父親の影響なのかしら?」
「私も最初は、そうなんだって思っていたけど、実は違っていたの。どうやらお母さんは夜の仕事をしているようなの」
「夜のお仕事?」
「うん、スナックのようなところで働いているようなんだけど、以前は私のお弁当を作ってくれていたりしたんだけど、義理の父と結婚してから、お弁当を作ってくれなくなったの。夜になると出かけていくし、深夜になって帰ってくるのよね。下手をすると、朝方帰ってくることもあるの。そんな時は完全に酔っぱらっているんだけどね」
「じゃあ、早朝に帰ってくる時というのは、すぐに寝ちゃうんじゃないの?」
「うん、玄関先で寝ちゃうこともあるくらいで、私が必死で起こして、何とかお布団を敷いて、そこに寝かせるんだけど、本当にお酒臭くって、たまらないのよ」
「その時、義理のお父さんは?」
「あの人は何もなかったかのように寝てるだけ。普段から朝はずっと寝ているのよ。あの人もよく夜になると出かけていくわ」
話を聞いていると、ロクな親ではないようだ。
「義父さんはインストラクターなんでしょう? 疲れているんじゃないの?」
と、心に思ってもいないことを麗美は言った。
すると、あからさまに嫌な顔をした晴美は、
――何も知らないくせに――
と言わんばかりの視線を、麗美に向けた。
「インストラクターなんてとっくに辞めてるわよ」
「えっ? いつから?」
「お母さんと結婚してから、二か月もしないうちに辞めたらしいの。それから義父はいつも家にいて、私は家に帰るのが嫌だった」
と晴美が言ったが、
「そういえば、ちょっと前まで、晴美はよく誰かの家に遊びにいくことが多かったわね。それは家に帰りたくなかったから?」
「ええ、そうよ。家に帰って義父と二人きりなんて、想像しただけでもゾッとするわ」
麗美は晴美の話を聞きながら、自分が同じ立場だったらと思うとゾッとする。
肉親でもない人が、しかもいるだけで鬱陶しいと思っている人と二人きりになるなど、息苦しさで身体中のいたるところから、汗が滲み出てくるようで気持ち悪かった。