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夢先継承

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 留美は晴美を確かに羨ましく思っていたが、それ以上に、元気な留美と仲がいいことを誇りのように感じていた。しかし、晴美の方が萎縮してしまい、自分の元気さが留美を悲しくさせていると思い、少し距離を置いてしまった。晴美としては遠慮のつもりだったのだろうが、それこそ余計な心配であった。留美はそんな晴美が自分を避けるようになったのを、自分が晴美と一緒にいることがふさわしくないと思うようになったようで、内に籠るようになってしまった。
 留美が家を出なくなったのはその頃からで、執事も誰も留美に対して助言するようなことはない。
 この状況は、執事が把握していた。留美の病気が悪化の一途をたどり、もう助からないと分かった時、執事は麗美に留美の事情を話した。
「留美お嬢様は、人に誤解されやすいところがございます。麗美様にも分かっていると思いますが、私は麗美様には、ずっと留美お嬢様のお友達でいてほしいと思っています」
 と言っていた。
 麗美はまさか留美の命が長くないなどとは思っていなかったので、執事にそう言われた時、
――私はそこまで信用されているんだわ――
 と感じたものだ。
 自惚れであったが、麗美という女の子が、自惚れれば自惚れるほど人の気持ちを汲むことができるということに、執事は気付いていたのだ。
 麗美は、晴美とはどうしても一線を画していたが、晴美が目立つのは嫌ではなかった。
 最初は自分が目立たなければ意味がないと思っていたが、留美を見ていると、自分が暗い顔をしたり、元気がなかったりした時、まるで別人のようになることがたまにあり、それが嫌で嫌でたまらなかった。
――どうしてあんな表情をするのかしら?
 と思うのだが、留美のことを二重人格だとはどうしても思えなかった。
 晴美がアイドルへの道をまっしぐらに進んでいる時、彼女の家庭は複雑なことになっていた。
「どうやら、河村さんのところ、離婚するらしいわよ」
 という声が聞こえてきた。
 その声は麗美の母親のもので、それを父は聞かされていた。
「あそこは、仲がいいって話じゃなかったのかい? 何か原因でもあるのか?」
 聞かされていると思っていた父親も、話を聞いているうちに興味が出てきたのか、質問するようになっていた。
「原因に関してはハッキリとは分からないのよ。どちらかが不倫をしたというような話も聞かれないし、ただ急に仲が悪くなったのは、お嬢さんが習い事を始めてからだっていうお話よ」
 と母が話した。
 麗美の家では、あまり人の家庭の話をする雰囲気ではなかっただけに、聞こえてきた内容は少しショッキングで、もし母親がそういう話を始めたとしても、父親が止めるくらいの状況であってほしいと思っていただけに、父親までもが会話に参加しているのを聞くと、あまり気持ちのいいものではなかった。
 他人の家庭の話を母親が始めて、それに対して父親がいなす姿も、娘としてはあまり気持ちのいいものではないが、父親も一緒になって会話に参加するというのと比べると、どうなのだろう?
――やっぱりお父さんがいなす姿を見ている方がいいかも知れない――
 と感じた。
 それは、二人が一緒になってウワサを続けていれば、その場の雰囲気は次第に息苦しいものになり、他の誰も入り込むことのできない世界を、二人だけで作り上げているように感じるからだ。
――それにしても、晴美の家がそんな風になっているなんて――
 麗美は自分の家庭が平和であることを嬉しく感じていた。
 人のうわさ話で盛り上がっているということは、自分たちが平和であるということの証拠である。そう思うと、父がいなそうとしなかったのは、平和という意味で考えると、よかったのかも知れないと感じた麗美だった。
――もし、自分が部屋に籠っている時、リビングで両親があからさまに喧嘩を始めたら――
 と思うと、急に怖くなってきた。
 父親と母親、どっちが強いのかを考えていると、
――そういえばお父さんの怒鳴っている姿、見たことないわ――
 と感じた。
 夫婦喧嘩を見たことがないわけではない。母親が父親の何かを見つけて、それをいさめることで始まる喧嘩が多かったのだが、いつも一方的に母親が攻撃し、父親は防戦一方だった。
「もう、いい加減にしろよ」
 というのが、父親の口癖だ。
 そういう言葉を言い始めると、父親がその喧嘩をうざいと感じ始めたのか、逃げ出しそうになっているのを感じる。
 母親も、そう言われてしまうと、口撃することを渋ってしまうことが多かった。
 もし、一方的に母親が父を攻撃しているのであれば、父親が、
「もう、いい加減にしろよ」
 というと、逆にかさにかかって攻撃してくるのだと思っていたが、まるでこの言葉で母親の方も冷めてしまったかのようになり、深いため息をついているのを感じた。
 ここで、実質的な喧嘩は終わりを迎えた。どちらかが逃げに入ると、片方は追いかけようとしない。それが麗美の両親の喧嘩だと思った。
――もし、立場が逆で、お母さんがいい加減にしてと言ったとしても、お父さんはこれ以上攻撃することはしないんでしょうね――
 と感じた。
――結局、似た者同士なんだわ――
 中学生になった頃の麗美は、そこまで感じるようになっていて、両親が喧嘩をしても、別に気にならないようになっていた。
 むしろ、喧嘩がない方が怖かった。
「喧嘩をするほど仲がいい」
 というが、まさしくその通りなのだろう。
 ただ、晴美の家庭の話をしている両親は、その時は珍しく、喧嘩にはなっていなかった。普段から他の家庭の話をすることのない両親の会話で、気が合うというのは、どこか不思議な気がしたのだ。
 実際にこの話は現実のものとなった。
 その話を聞いてから半年もしないうちに晴美の両親は離婚した。
 晴美は母親に引き取られて、しばらく二人で暮らしていたようだが、ほどなくして、母親は再婚した。
 相手は、晴美が通うダンススクールのインストラクターで、晴美の母親よりも、十歳以上年下だった。
「やっぱりね」
 と、晴美の母親がインストラクターと結婚するという話が出回った時、近所では完全にウワサになっていて、当時中学に入学したばかりだった麗美にも公然とそのうわさが入ってくるほどだったからだ。
 晴美の両親の離婚の原因が、再婚したインストラクターにあったというのは、もう隠しようのない話に違いない。
 麗美は、なるべくその話に触れることのないようにしていた。うわさ話はクラスでも公認のようになっていて、自分の母親に悪いうわさが立っているのに、晴美はあまり嫌な顔をすることはなかった。
 そのおかげか、晴美はクラスで浮くことはなく、むしろこれだけ堂々としている性格と、元からのアイドル志向の姿勢から、クラスで人気者になっていった。
「晴美がアイドルになったら、俺が親衛隊でも作ってやるよ」
 と、クラスの男子からそう言われて、
「ありがとう。ファン第一号になってくれて光栄だわ」
 と明るく答えていた。
 この時の晴美の明るさは、小学生時代の無意識に醸し出された明るさや元気とは少し違っていた。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次