夢先継承
「普通の二重人格は、一つの人格が表に出ていれば、もう一方は隠れているものだって言えるんじゃないかしら? 途中まで猫をかぶっていた性格が急に表に出てくることで、本人は意識していない。だから自分を二重人格だという意識はない。しかも、相手によって性格を分けているので、面と向かって付き合っている人に対して、二重人格であることを示すことはない。それなのに私の場合は、一つの性格が表に出ている時も、もう一つの性格が表に出ていることもある。ただ、一緒に表に出ているからと言って、そこに葛藤のようなものがあるわけではない。そんなことのできる人間などいるはずがないと私は思うのよ」
と話をしたことがあった。
それを聞いた友達は、
「麗美の言いたいことはなんとなくだけど分かる気がするのよ。私も麗美と話をしていて、あなたの中にもう一人の誰かがいるような気がしていたの。それはあなたではなく、あなたに乗り移った他の誰かという印象しか私には分からないんだけどね」
と言われた。
「そうなの? 私にはどちらの性格も分かっているつもりなの。だから誰か別の人が乗り移っているという意識はないんだけど、まわりから見てそう見えるということは、その目を信じないわけにもいかないのかも知れないわね」
と、麗美は言った。
「これは、もはや二重人格という言葉で言い表せるものではないのかも知れないわね。本人が意識できる性格が多重で存在しているとすれば、それは夢の世界をも凌駕している意識が存在しているのではないかって私は感じるの」
彼女の発想は突飛ではあったが、そんな突飛な発想を理解できる人がいるとすれば、それは自分だけなのだろうと感じる麗美だった。
――彼女だから、私も話ができるのかも知れないわね――
と思うと、同じような感覚になったことがかつてあったことに気付いた。
それが、小学生時代に知り合った留美だったのだ。
麗美はいつも何かを考えていて、考えていることがループすることが多かった。
――堂々巡りを繰り返している――
と、最初は感じていたが、どうやらそうでもないようだ。
堂々巡りは、どの場所を基点にグルグル回っているのか分かっているつもりであるが、麗美の考えているループは、どこが基点なのか分からない。つまりは、抜ける場所も分からないのだ。堂々巡りの場合は、抜ける場所は分かっているのに、抜けることができないもどかしさを感じるのだが、ループの場合は、そんなもどかしさを感じることすらできない。
――どちらがいいのか?
と感じるが、それは一概には言えることではないだろう。
発想が堂々巡りを繰り返すことはあるが、自分の考えていることが、ふと立ち止まって考えられるその時は、ループに入っているのだと、麗美は感じていた。
こんな難しいことをいつから考えるようになったのだろう?
高校時代にはある程度まで発想は確立していたのだから、中学時代くらいではなかっただろうか? しかし、どこかに分岐点となるきっかけが存在しているのだとすれば、それはさらに過去にあるもので、小学生の頃だったと思えてならない。
その時に感じるのが留美との出会いで、留美が麗美と知り合ったことで、お互いが自分を写す鏡のようなものではないかと感じていたのは、間違いないだろう。
麗美が留美を初めて見た時、
「お姉さん」
と思わず口にしたのを覚えている。
ただ、それは見た瞬間に口にしたわけではなく、いろいろと話をしている間に、ふいに思い出したように口にした言葉だったのだ。
本人には違和感がなかったが、留美は一瞬、凍り付いたかのようなリアクションだった。そのリアクションから、麗美は思わず、
――これって言ってはいけないことだったのかしら?
と感じたが、口に出してしまったものはどうしようもなく、元に戻せるわけもなく、
――覆水盆に戻らずだわ――
と感じた。
口に出してしまったことを後悔しても仕方がないという思いから、麗美は自分の性格が思ったことをすぐに口にしないと仕方のない性格であるということを改めて思い知らされた。
それなのに、何度も同じことを繰り返してしまうのを感じた時、
――私って、案外この性格を悪いことだって思っていないのかも知れないわ――
と感じていた。
楽天的な性格では決してないはずの麗美だったが、時々、
――自分に甘いんじゃないかしら?
と感じることがあった。
だが、それも悪いことだとは思っていないのではないか、口に出したことを後悔することが少ないという思いが、そう感じさせるのだった。
――私がこのことに気付いたのは、自分で気付いたというよりも、誰かと一緒にいる時に感じたのが最初だったような気がするわ――
それを麗美は、留美と一緒にいる時からだとずっと思っていたが、高校生になる頃には少し違った考えを持つようになった。
確かに留美と一緒にいる時、この思いを感じていたと思うのだが、それは留美が直接に感じる相手ではないから、留美を感じることで自分の中で辻褄を合わせようとしていると感じたのではないか。
――ではいったい誰なのか?
と感じた時、思い出したのが、いつも留美のそばにいる執事の存在だった。
彼は、いつも留美を真剣に見ていた。
そばにいて決して離れることはないのに、近づきすぎない絶妙の距離を保っているように思えてならない。
しかも、留美を真剣に見つめているのに、留美にはその意識がプレッシャーとして感じさせない。
相手を真剣に見つめているとすれば、相手には少なからずのストレスを与えることになるのは必至で、ただそのストレスが、言葉通りのストレスではないことを誰が分かっているというのだろう。
――ストレスというのは、心地よいものである場合もあり、それをどうその人が感じるかというのは、その人の性格によってくるものではないか――
と、麗美は思うようになっていた。
「麗美さんは、私と一緒にいて楽しい?」
知り合ってからしばらくすると、留美は何度も麗美にこのことを聞くようになった。
「何言ってるの。楽しくなかったら一緒になんかいないわよ」
と、まるで、相手の思い過ごしを諭すような言い方になっていたが、何度も繰り返して言っているうちに、
――本当にそうなのか?
と次第に疑心暗鬼に包まれてきた。
そのうちに不安が募ってきて、
――このままだと鬱になってしまうわ――
と感じた時、留美からまたしても、
「私と一緒にいて楽しい?」
と聞かれる。
すると同じように諭すような言い方をすることで、今度は自分の考えがループしていることに気付かされる。
――どこから繰り返しているのかしら?
と感じると、これ以上感じることは、無駄でしかないと思うようになった。
そのおかげでループを抜けることができ、二度と同じ思いで悩むことはなくなっていたのだ。
だから、麗美は時々考えがループするわりには、同じことで悩むことはなかった。どうしてなのか分からなかったが、そのことを分からせてくれたのが過去にいたとすれば、それが留美だったのだ。