夢先継承
当然、麗美の方から話しかけることもない。
――そんなに会話の何が楽しいのかしら?
と、小学生の会話がくだらなく見えて仕方のなかった麗美は、
――私は、皆とレベルが違うんだ――
と勝手に思い込み、会話をしないことへの正当化を図っていた。
そんな麗美は、いつも何かを想像するのが癖になっていた。
想像すると言っても、小学生なのだから限界がある。しかも、家族との会話などのような他の子供が普通に経験していることを経験していないだけに、想像も人に言えるものではなかっただろう。
想像するということを悪いことだとは麗美は感じていなかった。
――想像するって、いいことよね。想像しないよりもよっぽど時間を有意義に使っているように思えるわ――
麗美は決して合理主義者ではない。だが、想像するというメルヘンチックな発想に、時間を有意義に過ごすというちゃっかりした発想は、どこか矛盾を孕んでいた。
小学生の麗美は、そのことが矛盾しているということまでは分かっていなかったので、自分の中でどうしても消化できないモヤモヤしたものが残ってしまったことへのわだかまりが、頭の中にあった。
そのせいか、学校では目立たないようにしていて、少しでも奇声をあげて騒いでいる連中を見ると、ゾクッと背筋に寒気が宿るのだった。
「私、大きな音がトラウマなの」
と、中学生になってから友達に話していたが、
「そのトラウマっていつからなの?」
と聞かれて、
「さあ、いつからだったかしら?」
とごまかしてはいたが、本当はそれがいつからだったのか、想像がついていた。
――そうよ、あれは想像するってことが楽しいと思い始めたことからだったわ。楽しいと思っているのに、急に大きな音が怖くなってきたのは、自分の中に何かの矛盾を抱えていたからなのかも知れないわ――
と、ここまで分かっていたのに、時間を有意義に使うという発想をした自分に合理主義的な考えを抱いてしまったことが矛盾に繋がっているということを、やっと今になって分かってきたということを理解できるようになっていた。
――皆矛盾を抱えているんだわ――
と感じていた。
麗美が中学時代に友達と大きな音がトラウマだという話をしている時に思い出したのが、小学生の頃に知り合った留美のことだった。
留美の家で、気絶した自分を介抱してくれていた執事のおじさんが、お嬢様の話をしてくれている時、まだ麗美は自分がどうして気絶をしてしまったのか、その理由を知らなかった。
自分が知らないのだから、誰にも分かるはずはないと思い、意識しないでおこうと思っていたその時、留美が入ってきたのだ。
姉へのイメージを感じたことで、母親の苦悩を知った麗美は、自分がバイクの音で気絶していたことに気付いた。まったく母親の苦悩と自分の気絶は関係のないことのはずなのに、どうして気付いたのか分からなかったが、
「人が気絶する時って、何かのショックを受ける時が多いということですね。そういえばあの時、バイクの轟音が響いていたのを私も感じましたわ」
と、留美が語った。
留美の言い方は、まるでついでの話をしているようなさりげなさがあったが、麗美にとっては衝撃的だった。
――まるで私の気持ちを見透かしているかのようだわ――
自分が気絶したのがバイクの轟音によるものだと気付いたのが早かったのか、それとも留美がさりげなく語った言葉の方が早かったのか、示し合わせたかのような一致に、ただの偶然だというだけの根拠を、麗美は感じることができなかった。
――こんな偶然なんてあるのかしら?
留美が自分の目の前に現れたことで、それまで感じていたモヤモヤしたものが少しずつ晴れていくのを感じた。
子供としての意識が、ここまでハッキリしているわけはなく、何かの力が働いているような気がして、その力が何かといえば、留美により加えられた力であると言っても過言ではない気がしていた。
初めて出会ったその時から、留美は麗美の考えていることをほとんど看破しているのではないかと思えてならなかった。
「私って、そんなに分かりやすいのかしら?」
と、留美と知り合ってから結構早い段階で聞いてみたが、
「そんなことはありませんわ。麗美さんは分かりやすい部類ではないと思いますの。でも私は麗美さんを見ていると、なぜか分かってくる気がしてくるのが自分でも不思議ですの。それって、誰にでも一人くらいはそんな相手がいるんじゃないかって私は思うの。私にとってそれが麗美さんだというだけのことなんじゃないかしら?」
と、麗美が感じているほど深くは考えていないように聞こえた。
「留美さんって、淡泊なんですね」
と、思わず口から出てしまった。
普段から思ったことをすぐに口にするタイプなのえ、人から嫌な目で見られることが多かった。しかし、いつも気付くのが遅く、相手の視線を感じ、
――しまった――
と先に感じることで、あとから後悔しても遅いというのがほとんどだった。
――こんな性格、損なだけだわ――
と分かってはいるが、どうしようもなかった。
この性格はその後も治ることはなく、
「人って、誰にでも生まれつきの染みついた性格というものがあって、それってえてして悪い性格であることの方が多いんじゃないかしら?」
と、高校生になって友達がそんなことを言った時、誰よりもは早く頷いたのは、麗美だった。
高校生になる頃には、大体自分のことを理解しているつもりだったこともあって、誰よりもリアクションが早かったのだろう。
高校時代から見れば、小学生時代の麗美は、自分でもビックリするほどしっかりしていたという意識しかない。それはもちろん、小学生時代に感じたことではなく、高校生になって感じたことで、だからと言って、成長していないとは思っていない。
――ませていた?
という意識があるわけでもなく、大人になりたくて背伸びをしていたわけでもない。
ただ感じていることとすれば、
――一生懸命に自分というものを見つめていたような気がする――
というだけだった。
それも、
――気がする――
という曖昧で不確かな意識が残っていて、自分の中で信憑性に欠いていた気がしたのだった。
思ったことを口にするのも、自分のことを見つめているもう一人の自分が、客観的に見て感じている本当の自分を表現しているだけなのかも知れない。
――二重人格なのかしら?
と感じたが、まさしく二重人格なのだろう。
しかし、世間でいう、いわゆる
「ジキルとハイド」
のような、善悪の正対性のようなものではなく、善悪とは違った次元の二重人格性が自分を支配しているように感じた。
だから、世間でいう二重人格のような、悪しき性格ではないと麗美は思っている。
――これこそが私の性格の核心なのかも知れない――
とも感じたほどで、世間一般に言う二重人格とどこが違うのか、考えてみたりした。
麗美が感じたこととして、