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夢先継承

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「初めまして、新宮留美と言います。お身体の方は大丈夫ですか?」
 と、落ち着いた面持ちで言われると、麗美も恐縮してしまって、
「はい大丈夫です。お連れいただいてありがとうございました」
「いいえ、いいんですよ。困った時はお互い様ですからね」
 と、留美は当たり前のことを、淡々と言った。
 その様子は子供とは思えないほどの落ち着きで、大人だったら当たり前の表現に、子供ならではの雰囲気を留美には感じたので、どこか新鮮な気がした。
 そんな留美を見ながら、
――本当にお姉さんの雰囲気だわ――
 と、自分が小学生だということを忘れて、大人に近づいたかのように感じているのは、留美の雰囲気が、無駄にだだっ広い屋敷が、本当は無駄なところなどどこにもないと言われているように感じさせ、自分も大人になったように感じてしまうことに違和感を感じることはなかった。
 麗美は、ちょうど最近、母親から、
「あなたにはお姉さんがいたのよ」
 という話を聞かされて間がなかったこともあって、その話を聞いた時から、
――お姉さんってどんな感じなんだろうか?
 と、今生きていたらどんな雰囲気なのかをいつも想像していた。
 絶えず想像していると、急にそれまで想像できなかった姉というイメージが、急に出来上がったかのように思い、姉との会話を思い起こしたりしていた。しかし、会話が完結することはない。麗美の方では、すっかり話題が失せてしまっているのに、姉の方に話題が途切れることはなかった。そして、そのうちに姉のイメージが勝手に消えていくのを感じると、最初は、
――早く会話を終わりたい――
 と思っていたのが、いつの間にか、
――会話を終えたくない――
 という気持ちに変わっていた。
 その気持ちの変化は、姉の面影が消えていくのを阻止しようと思うためだった。
 姉のイメージを思い浮かべるのはあっという間のいきなりだったにも関わらず、忘れていく時は、ゆっくりとそして影を残しているかのように、忘れたくないという思いを最高潮にさせる余計な感情であった。
 そのため、消えゆく姉の印象を、頭の中に残しておきたい気持ちを隠したくなかった。普段、母や家族の前で姉の話をするのは気まずいと思っていた。その反動からなのか、姉を思い浮かべた時は、なるべく忘れてしまいたくないと感じるのだ。
 会話を早く終えたいと思ったのも、会話をしている姉に変化が感じられないからだ。せっかく姉をイメージした思い浮かべている時間に浸っているのだから、限られたその時間にできるだけたくさんの姉のイメージを残しておきたいと感じたのだ。
 ただそれはあくまでも、いもしない姉を思い浮かべているからで、
――姉のことを何も知らない自分に、勝手な想像が許されるのか?
 という思いが頭をよぎる。
 姉は、麗美が生まれる前に、赤ん坊の時に亡くなったという。
「だから、お父さんもお母さんも、あなたが生まれた時、とっても怖かったの。思っていたことは一つ、元気に育ってほしいということだけだったの。あなたのお姉さんが死んだ年まで生きてほしいと最初は思い、そしてそれを超えると、お父さんやお母さんよりも、ずっと長生きしてほしいと思う。それが私は親心なんだなって感じたのよ」
 と、母親は言っていた。
 姉の話をしてくれるまで、母親とはあまり会話をしたことがなかった。
――どこかぎこちない感じだわ――
 と、母親に対して感じていた。
 子供心に、
――これって本当の親子って言えるのかしら?
 と、あまりの会話のなさに、麗美は違和感を覚えていた。
 他の家族のことをそんなに詳しくは知らないが、学校で話題になる子供の会話の中で結構頻度の高いものは、家族の会話であった。
「お父さんとどこどこに行った。お母さんとどこどこに行った」
 そんな会話が気が付けばまわりから聞かれていた。
 小学生では、ひそひそ話をすることはあまりなかった。だが、声を抑え気味の人は少なくなく、大声を出して話す人と、か細い声で話す人とが両極端だった。だが、そこにぎこちなさがあるわけではなく、中学生になってから感じた違和感が、そのまま苛めに繋がったりしたのを、後になって思い出すことになった。
――家族の会話って、楽しいものなんだわ――
 と、いまさらながらに感じさせられたような気がした麗美だったが、自分が晩生だという意識はまったくなかった。
 なぜなら、家族の会話が楽しいと思うようになって、すぐくらいだっただろうか、母親が姉の話をしてくれたのだ。
「お母さんは、あなたのお姉ちゃんのことをずっと後悔していた。あの子が死んだのも、私がもっと注意していれば、死なずに済んだかも知れないと思ったからなの。でも、あなたに対してはそんな思いをしたくなかった。だから、あなたと会話することで、お母さんの意識があなたに悟られるということが、私に厭な予感を与えるようで、それが怖かったのよ」
 と、母親は言ったが、
――これって、子供に話すことなのかしら?
 と麗美は冷静に感じた。
 これまで避けられていたと思っていた親から、口を開けばまるで愚痴を聞かされているかのような会話に、
――これが家族の会話なのかしら?
 と、家族の会話の意味をまったく理解できないまま、学校での家族の会話を聞かされたことで、いまさらながらの、
「家族の会話って楽しい」
 というイメージを植え付けられたのだ。
「ねえ、お母さんから見てお姉ちゃんはどんな感じだったの?」
 と聞かれて、あまりにも漠然とした質問だったからなのか、母は一瞬、ボーっとしているかのような表情になり、苦笑したかと思うと、
「まだ赤ん坊だったのよ。何も分かるはずないじゃない」
 と、答えた。
 それを聞いた麗美は、
「じゃあ、お母さんは何もお姉ちゃんに後ろめたさを感じることなんかないんじゃないのかしら?」
 と答えた。
「えっ、お母さんはそんな意識はないわよ」
 という母親は、あからさまに動揺していた。
「お母さんが私を避けてきたのは分かっていたわ。でも、それがどうしてなのか分からなかったけど、まさか、それが私の知らない姉の存在があったなんて私にとってはビックリだわ」
 と、麗美はまるで他人事のように答えた。
 その答えがまた母親の心を抉ったのか、
「あなたを避けてきたわけじゃないのよ。ただ、私はあなたの成長に余計なことをしたくなかったの」
 と言ったが、言い終わった瞬間に、急に不安になったのか、どうしていいのか分からないという表情になった。
 自分の口から発した言葉に後悔したのだろう。
「じゃあ、私はどうすればいいのよ」
 と、麗美は素直に気持ちを母親にぶつけた。
 それがよかったのだろう。その後、会話がぎこちなくなり、その日はそれ以上の会話はなかったが、翌日から何かに吹っ切れたのか、母親は麗美に対して積極的に話しかけてくれた。
 会話の内容は、そのほとんどが他愛もないことだった。
 しかし、小学生の女の子と母親の会話など、そもそもが他愛もないことのはずである。麗美は会話では、どこか大人っぽいところがるので、他愛もない話をする雰囲気がなく、そのせいもあってか、学校では誰も麗美に話しかけてくることはなかった。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次