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夢先継承

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 留美は次第にひきこもりのようになり、両親もそれをとがめることはなかった。
 たまに、
「留美ちゃん、どこかにお出かけしましょうか?」
 と母親が言っても、留美は何も言わない。
 留美は自分の部屋に閉じこもって出てこなくなった。学校にも行かなくなり、事情は知っている学校の先生も、あまり訪問してくることはなかった。
 学校ではそれ以外にもひきこもりの生徒を抱えていて、留美に関わっている暇はなかったのだ。
 学校側の方針としても、
「彼女の出席に関しては。先生方はあまり深入りしないでください」
 と言われていた。
 元々、小学校も高学年になってから通うようになった。
「このまま学校というものを知らずに死ぬなんていやだわ」
 という留美の意見を優先し、先生も親も留美を学校に行かせることにした。体育の授業や、修学旅行や遠足といった学校行事には参加させないという条件の元にである。
 もちろん、ドクターストップはかかっていた。ただ、学校への通学だけは別に先生からストップがかかっていたわけではない。
「留美さんが学校に行きたいのだとすれば、別に通学しても構いませんよ。ただし、学校行事や運動はできませんから、そこのところは覚悟なさってください」
 と言われていた。
 留美は、
「じゃあ、私学校に行く」
 と言って通学するようになったのだが、一緒に麗美と通学するのが、本当に楽しそうだった。
 麗美は小学生の頃、あまり自分の運命について何も言わなかった。それが潔さなのか、麗美には凛々しく思えた。
 ただ、時々見せる寂しそうな表情に、麗美は何とも言えない息苦しさを感じていた。
 低学年の頃、他の友達のことで救急車で運ばれる時、余計なことを口走ってしまった自分を忘れたことはなかったが、留美と一緒にいる時は、そのことを忘れていたような気がした。
 留美は麗美をどう思っていたのか。麗美が思っているのは、
――留美は自分のことだけで精いっぱいのはずだよね――
 という思いだった。
 自分のことで精いっぱいになると、まわりのことなどどうでもいいと思うか、関わりたくないと思うかのどちらかではないかと思う。もし関わりたくないと考えるのであれば、学校に行こうなどとは思わないだろう。
 学校に行けば、まわりからの慈悲に満ちた表情が浴びせられることであろう。しかし、それは本人に対してどのように写るのか、
――どんなに慈悲の目を浴びせられたって、まわりの人にどうすることもできないのよ。しょせん皆他人事なのよ――
 と思うことだろう。
 麗美がその立場に立たされたら、そう思うに違いない。慈悲の視線など煩わしいだけでしかない。
 しかも、寿命が決まっているのだから、その時がやってくるまでは、まわりも気を遣ってくれることだろう。しかし、いざ死んでしまうと、留美への感情などすぐに忘れ去られてしまう。イベントが通り過ぎるだけのことなのだ。
 そうなると、すでに留美は皆の感情の中では、
――通り過ぎてしまった人――
 ということになるだろう。
 もちろん、留美のことに気を遣ってくれる人も少なくはない。しかし、留美の中で自分への視線が冷めたものであると感じた瞬間から、気を遣ってくれている一部の人がいたとしても、それは、
――その他大勢――
 でしかなく、十羽一絡げであるかのように思えてしまう。
 そうなると、相手とすれば、自分だけは違っていると思っているのに、皆同じに見られてしまうことは納得のいくことではないだろう。いくら相手が不治の病だとしても、自分の気持ちを打ち消されることを許すことはできないだろう。
 そうなると、留美のことを無視しようという思いが強くなる。
――彼女のことを考えるから、自分が損をすることになるんだわ――
 という思いに至る。
――どうして死んでくれなかったの――
 と、思ってはいけないことを感じてしまうだろう。
 だが、その思いを一番感じているのは留美だろう。本人と他人の違いはあっても、同じことを考えているのだとすれば、距離はかなりのものであるにも関わらず、見えるはずもない遠い距離のものが、まるで目の前に鎮座している感情であるかのように思う。その微妙な距離感が、留美には痛々しく感じられる。
 まわりの目はいくら留美の気持ちが見えたとしても、それは他人事でしかない。しかし、当事者である留美は痛々しさは死活問題であり、精神的にひきこもるだけの事情を備えることになるのであろう。
 留美は、自分の人生が、
――まるで一度死んで、その先から折り返しているかのような気がする――
 と思っていた。
 留美は、小学生の頃、目の前に死という恐怖を抱えていながら、いろいろなことを考えていた。
――恐怖に立ち向かうには、何かを考えることで気を逸らすのが一番なのかも知れない――
 と感じていた。
 それが余計なことでも関係はない。本人が余計なことだと思わなければいいのだ。
 死に直面している人ほど自分が何かを考えていると自覚している時、それが余計なことだとは思わないはずだ。時間が限られているのだから、そんな時に何が怖いかというと、
「無駄と思える時間を過ごすことなのよ」
 と、留美は麗美に言っていた。
「そうね。無駄だと思うことを過ごすのは、今の私でも嫌なことだわ。いつ何があるか分からないという思いがあるからね」
 というと、留美は暗い表情になった。
 自分の言葉がデリケートな部分を刺激したのだと気付いた麗美は、
「そんなつもりじゃなかったのよ。でも、普通に生きている人だって、いつ交通事故で死んでしまうか分からないというのも本当なのよ」
 と麗美は言った。
 麗美はそれを留美への言い訳のつもりで言ったわけではない。
 麗美としても、留美が苦しんでいるのは分かっているが、留美が苦しんでいるのを見ると、小学生の頃に見た衝撃的な事故の場面を思い出していた。
「キュルキュルキュル」
 というブレーキ音が響いたかと思うと、
「ガシャン」
 というガラスが割れる音が聞こえた。
 それが交通事故であることは分かったが、その時に鼻を突いた石のような臭いが今でも思い出される。
「ブーン」
 という警笛の音が鳴り響いた。
 それは車の中で前倒しになって倒れた運転手がクラクションを身体が鳴らしたためだった。
 その音に麗美は恐怖を感じた。麗美が救急車のサイレンの音に恐怖を感じているのは間違いではないが、本当に恐怖を感じたのは、この時の警笛の音だったのだ。
 警笛の音はずっと同じ音量だったはずなのに、その時々で起伏の激しさが感じられた。音が少し籠ってきたかと思うと、急にカラカラに乾いた空気をぶち抜くような奇声にも似た音が鳴る響いた。
――そうだわ、奇声のように聞こえたんだわ――
 麗美がサイレンなどの音に恐怖を感じるのは、奇声を感じたと思ったからだ。
 しかも、サイレンなどの音は、ドップラー効果によって、通り過ぎると音が籠って聞こえてくる。理由は分かっているが、理屈は分からないのだ。
 そして最近になって奇声に似た音に恐怖を感じる理由として、
「機械音って、その特性から、どこで鳴っているのか分からないものなのよね」
 と言っている話を聞いたことがあったからだ。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次