夢先継承
麗美がどうしてサイレンの音に恐怖を感じるのか、そのことを考えていると、アイドルへの声援に、
――どうして嫌な気がしないのかしら?
と、いまさらながらに感じたのだ。
それが、友達が麗美に対して、
「大丈夫?」
と聞いた心境からだということに麗美は次第に感じるようになっていた。
麗美はアイドルを好きになった理由の一つに、留美の存在があった。留美は表に出ることもあまりなく、テレビばかり見ていて、アイドルに関してかなり詳しくなっていた。
それまでアイドルに興味もなかった麗美だったが、留美の話を聞いているうちに、自分もアイドルに興味を持つようになった。それからは、アイドルと自分を投影し、
――私もあんな風になれればいいな――
という思いを抱くようになった。
それは想像ではなく妄想であることは自分でも分かっていたはずなのに、なぜか自分がアイドルになれるような気がしてくるから不思議だった。
――自分が抱えている闇って、アイドルの悩みに近いんじゃないかしら?
と感じていた。
アイドルがどんな悩みを持っているかということはハッキリとは分からなかった。だが、アイドルというと、万民に好かれるようなイメージが強く、さらに最近のアイドルは、
「恋愛禁止」
などという禁止事項もあり、普通の女の子のように過ごすことのできないことで、焦れ難が生じてくることを、何となくだが分かっているのだ。
麗美は、変なところで大人のような考えを持つことがあった。急に冷静になったり、子供の発想ではない何かが閃いたりするのだが、それもテレビやアイドルの影響なのではないかと思うようになった。
小学生低学年の頃、友達が救急車で運ばれた時、余計なことを言ったのも、テレビやドラマの見すぎだと、麗美は思っている。自分がテレビドラマの主人公にでもなったような気持ちで、本当は心の奥にしまいこんでおかなければいけないことを、勝手に口がしゃべってしまうのだ。
そんな時、救急車のサイレンの音を聞いて、麗美は自分がパニックに陥ったことを記憶していない。あの時、サイレンの音と同時に、友達から、
「余計なこと言って」
と言われたことで、麗美の中でパニックを起こしてしまったのだ。
それがまるで麗美の中でパニック症候群でも起こさせるのか、サイレンや警笛の音に敏感になっている。
その音がすれば、急に自分が不安になってしまうことを悟り、すべての大きな音に対して自分がパニックになってしまうという錯覚を覚えているのだ。
だが実際にはサイレンや警笛の音以外で、パニックを起こすことはなかった。アイドルの声援に対しては別に異常な不安が起こることはなく、アイドルに憧れる自分への応援に聞こえて、パニックになることはなかった。
そのおかげで、麗美は自分がステージに上がっても、上がってしまうことはないだろうと思うようになっていた。だから、アイドルになれると思ったというのも、緊張がパニックに繋がるわけではないという意識が自分にはあるからだと思っている。
だが、今日城を巡ってみて、実際に自分がアイドルとは程遠い存在であることを認識した気がした。城から下を見た光景であったり、発見した穴の存在。さらには、昨日見かけた「箱の中の箱」。
それぞれを見比べてみると、自分とアイドルとの距離を感じるのだ。
麗美はアイドルへの憧れを消したわけではないが、それは今ではなく、もう少し後になって自分が出す結論に結びついてくるものに感じられた。
ステージを漠然と見ていた麗美だったが、そこで踊っていたのは晴美だった。
「アイドルになったんだ」
と、ステージ上で輝いている晴美を見ると、やはり自分にはアイドルが遠い存在であることを思い知らされた。
城めぐりから帰ってきてからの麗美はアイドルへの憧れを持ったまま、小説家を目指すようになった。
文章はそれほど得意とは言えないが、なぜ小説家を目指そうと思ったのか、それは、留美に言われて読んだ本に、陶酔してしまったからだ。
その本はアイドルに憧れる女の子の話で、まるで麗美のことを描いているかのようであった。
大学生になってからも小説をずっと書いていて、そのうちに留美が死んでしまった。
自分に小説を書くという道を残してくれた留美を愛おしく感じていたが、留美が実は陰で小説を書いていたことを知らなかった。
留美の意思で、彼女が小説を書いていたことはオフレコにされ、死んだ後も誰にも明かされることもなかったので、麗美はもちろん、まわりの誰も知らなかった。知っているのは留美の両親と身内だけだったが、実は留美の死んだあとも、留美のペンネームで小説は発表されていた。
留美には姉がいた。留美自身も知らなかったが、留美が亡くなる半年前に両親から話されたのだという。
留美は姉に自分の小説の話をして、姉に自分の意思を託した。出版社も姉の文章力に一目置いていて、
「これなら、立派に遺志を継ぐことができますよ」
と言われた。
麗美は姉の小説をライバル視し、刺激にすることで、自分も小説家デビューを果たすことができた。
麗美は小説界でのアイドルを目指していた。留美の遺志を継いでいるのは自分だという自負もあった。
ただ、麗美の話は突飛なところが多く、ところどころ発想が飛んでいた。それでも彼女の小説を陶酔するファンもいて、麗美は異色な小説家としての地位を確保していたのだ。
麗美にも姉がいた。留美の姉の気持ちは、麗美になら分かるのだろう。留美が書いていた作品が途中から微妙に作風が変わったことに気付いていたのは、麗美だけだった。
留美の作品を本当に継承したのは麗美だった。
「人は死んだら、どうなるんだろう?」
麗美はそのことを考えながら、小説を書くようになっていた。
そのことを考え始めると、耳の奥から聞こえてくるサイレンの音が、どこからともなく聞こえてくるようで不安な気持ちにさせる。その不安の答えを麗美は、
「留美ならどう答えるだろう?」
と思うことで、次第に考えがまとまってくるのだと思っていたのだ……。
( 完 )
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