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夢先継承

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――いつ戦になって命を奪われるか分からない――
 という思いがあった。
 しかも、城主ともなれば、戦に負ければそのまま城と運命を共にしてそこで切腹だったりして討死をするか、あるいは、相手の手に掛かって惨殺された挙句、首を跳ねられ、相手の手によって、さらし首という憂き目に遭ってしまうだろう。
 さらに自分の身内の人間が、すべて見せしめのために惨殺されて、同じように晒し首になったり、それは老人や子供であっても容赦はない。血族もろとも葬り去られ、それによって報復を受けないようにするのも戦国の世の常だったのだろう。
 数々の残虐な歴史を刻んできた日本の歴史、その中でも世の中全体が戦とは切っても切り離せない戦国時代、容赦をすれば、すぐに自分の身が危なくなる。そんなシビアな世界を思いうかべるだけで、恐ろしい気持ちにさせられる。
 麗美は天守から表に出てみた。
――怖い――
 そこは、下から見ていたよりもさらに高く感じられるところだった。
 麗美自身、別に高所恐怖症だというわけでもなく、今までにも展望台やタワーのような高いところに上っても、それほど怖いと感じることはなかったはずだ。
 それなのに、どうして急に怖いと感じたのか?
 それは、天守に出た瞬間、一陣の風が吹いてきたからだった。
 その日は、それほど寒いわけでもなく、むしろポカポカ陽気のはずなのに、天守から出た瞬間に感じた風には、肌寒さがあった。
 身体が吹き飛ばされそうになったその風に、思わず顔をそむけてしまったことで、今まで見たことのない角度の光景が目の前に飛び込んできた。
 それは、破風と呼ばれる屋根の隙間に一つの穴を見つけたことから始めった。
 その穴は真っ暗で、この角度から見ないと、その存在に気付かないものであった。つまりは風による偶然で見つけたその穴は、偶然が重ならない限り、誰にも発見されることのないものだった。
 麗美は興味はあったが、
――ここは知らなかったことにしなければいけない場所なんだ――
 と感じた。
 もし、ここの存在を知ってしまったことで誰かに話すと、何かの呪いに掛けられてしまうのではないかという錯覚に襲われた。
 麗美は、その穴をそれこそ、穴の開くほど眺めたのだ。
 ゆっくりとその先に見える穴を見ると、遠近感が取れなくなってしまった。その先には天守閣の屋根を通して、地上が見えるからだ。横に見えている地上までの距離はすぐに感覚が鈍ることでマヒしてしまうが、目を離すことのできないその真っ暗な穴がどこまで続いているのかを考えると、錯覚が錯覚を呼んで、何をしているのか分からなくなってしまうだろう。
――まさか、これも昔の人の知恵なのかしら?
 と思った。
 確かにこんなところに穴があるというのはおかしなものだが、考えてみれば、この天守は昔から残っているわけではない。一度消失してしまった天守を、数年前までかかって、地元の有志や歴史ファンや歴史研究家によってカンパされた寄付金で、立て直すことができたのだ。
「この天守閣は、昔の資料を元に忠実に復元されたって聞いているわ」
 と、友達に教えてもらったのだが、そうすると、やはりこの穴は、昔から存在はしていたということだろうか?
 立て直した人も、これが何を意味しているものなのか、分かっているはずもない。歴史家にはいくつかの仮説が立てられているだろうが、そのどれもが本当に仮説に過ぎなく、本当のことを分かる人など、どこにいるというのだろう。
 それこそ、昔の資料が見つかって、証明してくれる内容でもない限り、想像は妄想の域を出ることはないだろう。
 麗美がその穴を意識して、その場所から逃れることができない状態になっていると、麗美の異常に気付いたのか、
「どうしたの? 早く行くわよ」
 と、友達は言い放った。
 麗美にとっては、言い放ってもらった方がよかった。なまじ相手が異常に気付いたことで同情の気持ちになってしまうと、麗美はその気持ちに甘えてしまい、逃れることのできないループに入り込んでしまうに違いない。言い放つようにしてくれた方が、麗美にとってはその冷たさが、自分を冷静にしてくれ、別の発想も浮かんでくることだろう。
 麗美は屋根の上から目を離そうと何とか努力していたが、どうしても、目の横の方になってしまった、地上までの光景が、麗美の視線を切ることを許さないのではないかと思いながらも、どうすることもできないその状況に身を任せるしかなかった。
 すると、さっきまで誰もいなかった地上が、少し慌ただしくなってきた。
――さっきよりも人が増えてきたわ。それも、お城見物には程遠い雰囲気の連中が見えていた――
 年齢的には麗美とあまり変わりのない連中だった。
 鉢巻をして、はっぴを着ている。手にはペンライトのようなものを持っていて、明らかにアイドルのおっかけとでも言おうか、友達には嫌悪にしか見えないであろう、ヲタクの登場だった。
 さぞや怪訝な表情をしているであろう友達の顔を見たいと思ったが、視線を切ることができなかった。今の麗美は友達の顔を確認する余裕などないはずだった。早く視線を穴と地上から切らなければ、。このまま抜け出すことのできない世界に入り込んでしまいそうで怖かった。
――しょせん、イベントとしてのショーに、そんなにファンが押し寄せるなど、考えてもみなかった――
 と麗美は感じた。
 だが、彼らの出現は麗美によってはいい方に影響したようで、さっきまで切ることのできなかった視線が、お城には一種異様な光景でしかないファンのいでたちを真上から見ていると、さっきまで捉えることのできなかった遠近感を捉えることができるようになったと感じたのだ。
――イベントと言っても、結構な効果だわ――
 と麗美は感じた。
 視線を切ることができると、すぐに下を見るのをやめて、天守の中に戻ることができるだろう。
 そう思ってもう一度、今度は地上を意識することなくさっきの穴を確認しようと思ったが、さっきまで見えていたはずの穴がなくなっていた。
――おかしいわ――
 と麗美は、最初に見えた角度に再度身体を任せたが、やはり穴を確認することができなかった。
――錯覚だったのかしら?
 もし錯覚だったとするならば、それは遠近感が起こさせたものであり、遠近感のマヒが恐怖を煽ったことで、ありもしない穴を見てしまったのかも知れない。
 だが、麗美にはさっきの穴が錯覚だったとはどうしても思えなかった。ただ、そんな穴の存在を誰も教えてくれたわけでもない。皆が知っていて。口裏を合わせて、自分に知らせないようにしているだけだとすれば、出来上がったと思っていた偶然が、何かの見えない力によって導かれたものだと思えなくもない。
 麗美は、背筋にゾッとしたものを感じた。さっき距離感がマヒしたことで襲ってきた恐怖とはまた違ったものだった。
――一点にしか視線を持っていくことができないのが、恐怖の原因なのかも知れない――
 視線を逸らすことができないのは、視線を逸らすことで、
――何か見てはいけないものを見てしまうことになる――
 と考えてしまった。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次