夢先継承
「私も自分に正直になれると、麗美のようになれるかしら?」
と留美は言った。
「私のように?」
麗美には留美の本心が分からなかった。
「長く生きられる」
と留美はボソッと答えた。
ショックだった。
グサッと心の奥に突き刺さるものがあったが、どうして留美がそんなことをいうのか、麗美には理解できなかった。
「どうしてそんなことを言うの?」
黙ってスルーすることもできた。
しかし、麗美はその言葉を黙って聞き逃すことはできなかった。黙って聞き逃すということは、留美の言葉を受け入れたことになる。麗美にはその言葉を受け入れることは到底できなかった。
その時に感じたのは、麗美のまわりの空気が固まってしまったということだ。動いているのは自分だけだと思っていたのに、実際にはまわりがゆっくりとしてしか動いていない。そのことを思い知らせてくれたのが、その時だった。
それまでにも同じ感覚はあったが、どうしてそんな感覚になるのか分からなかった。留美にとって、ショッキングなことで、さらに受け入れられない何かを感じた時、まわりの空気が固まるという意識であった。
「どうしてなのかしらね。麗美には何を言っても許される気がするの」
と留美は言った。
それを聞いて麗美は、
――私が後ろめたい気分になることなんてないんだ――
留美は他の人では言いにくいことを、麗美にであれば言えると思っている。
麗美は自分の我儘が通る相手だという意識があったのだろう。
「そうなんだ。てっきり皮肉を言われたのかと思った」
というと、
「皮肉を言っているのよ。でも、皮肉であっても、麗美になら悪いことを言っているという後ろめたさを感じないの。麗美は気分を害しているのかも知れないんだけどね」
と言われて、
「そんなことはないわ。留美の本心が聞けて私は嬉しい」
という麗美に対して、
「私が本心を言えるのは、麗美だけよ」
と、この言葉が決定的となって、麗美は留美に対して全面的にバックアップできるであろう自分を頼もしく感じるようになった。
ただ、その頃から、留美に対して以外では、考え方がシビアになってきた。冷静に考えるようになって、気を遣っている人のその心の奥が見えるようにもなっていた。
――あの人、口ではいいことを言っているけど、見返り目的なのは、その気満々というところかしらね――
と思うのだ。
人の心の裏側が見えてくるというのは、実に気持ち悪いものだ。見たくもないものが見えてしまうという苦しみを持っている人も少なくないだろう。
麗美は、自分がまさかそんな人間であるなど、想像もしていなかった。それでも感じることができるようになったのも、それだけシビアに物事を考えるようになったからではないだろうか。
麗美は留美と向き合うようになって、世間が急に冷たく感じられるようになった。
――きっと他の人は私を見て、なんて自分勝手な女なのだろうと思っているに違いないわ――
と感じていた。
まわりに対しての思い、そしてまわりから自分への視線、さらに留美との相互関係、そのあたりを考えていると、矛盾と両極端な自分が見えてきた。
両極端なのは、子供の頃から感じていた。精神分析的にいえば、
――二重人格――
いや、
――多重人格――
と言えるのであろうが、別に悪いことだとは思わなかった。
しかし、自分の中に潜んでいる矛盾に関しては感じたことがなかった。今から思えば、
――考えてはいたが、それを認めたくない自分がいて、表にその感情を出さないようにしていた――
と感じるのだ。
これは、自己防衛本能が働いているからではないかと麗美は感じた。認めたくないということは、自分を守ろうとしている感情である。自己防衛はあまりいい印象で他人には見られていないが、
――自分を自分で守ることができなくて、人を守ることなんかできっこないわ――
と、自己犠牲を自己防衛を否定するための手段として使うことに、麗美は苛立ちを覚えていた。
そんな時、留美との距離が少し広がった時があった。いつものように麗美は留美と接しているつもりだったが、留美の方で急に冷たくなった感じを受けた。
最初は、
――留美に限ってそんなことは――
と思っていたが、実際には麗美の微妙な留美への人当たりが変わったことを、留美が敏感に感じたからで、先に留美が感じたことをあたかも、その後に感じた自分が先に感じたように思ったことで、急によそよそしい気持ちにさせられたようだ。
確かに留美に限ってそんなことはなかった。それを分からなかったことで、麗美は自分が今度はまわりに凍り付いた空気を滲み出す効果を示してしまった。
麗美は普通に動いているつもりでも、まわりは麗美が凍り付いているように見える。逆に言えば、普通に動いていると思っている麗美は、まわりのスピードがまるで加速装置が付いたことで超高速になってしまったことに気付かない。そのため、早すぎてまわりを見ることができないのだ。自分だけが取り残された気分に、その時麗美は初めて感じることになったのだ。
友達と最初の城に赴いた時、そこでその日にアイドルのイベントが行われることになっているという。こういう場所でのパフォーマンスなので、それほど人気のあるアイドルというわけではないだろう。よくよく聞いてみると、
「アイドルの何か選手権のようなものがあるって聞いてますよ」
というのが地元の人の話だった。
友達はアイドルに興味など持っているわけではないので、その話を聞いても右から左に抜けていたが、麗美は無視できるものではなかった。
――どんなアイドルなんだろう?
友達は麗美がアイドルに興味を持っていることを知らない。どちらかというとアイドルを蔑視しているところがあって、そういう意味では麗美がその友達と少し距離を置いているのは、そんなところがあったからだ。
友達はミーハーが大嫌いだった。女の子なのに城が好きだというのも、まわりにミーハーだと思われたくないという思いがあったに違いない。友達はハッキリとは言わないが、明らかにミーハーな人間を軽視しているようだ。
その城は、それほど大きな城ではなかったが、天守閣が残っている。もちろん、昔からの天守がそのまま残っているわけではないが、現存天守の中でも最近になって建てられたものなので、厳密なお城ファンには、あまり受け入れられていないかも知れない。
だが、友達が最初にこの場所を選んだのには理由があった。
「ここの城から攻略していくというのは、城主を配下から領主、そして大名へと、どんどん位が上がってくるのを見ることができるという意味で、楽しいと私は思っているのよ」
と言っていた。
なるほど、城を城主の立場から見るというのは、歴史学の検知から城を見るという意味で、画期的な気がした。
この城は天守が小さいということもあって、表に出ることができる。少し危ないので、金属の網が張り巡らされているが、それでも天守から表に出ることができるのは嬉しいことだった。
城下町が残っていれば、本当に城主になったような気分になれると思ったが、もし当時生きていて、自分が城主だったら、そんな呑気な気分になれるだろうか?