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夢先継承

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 という思いも抱いていた。
 箱の中から出てきた箱は、何とも言えない奇妙な印象を麗美に与えたが、それ以上に虫が出てきた時という最悪の状況も思い浮かべていたのだ。
 そしてその出てきた虫を見た時、一瞬、自分が虫の視線になって、麗美を見返してしまう錯覚が一瞬だけあった。
――見つかったらどうしよう――
 という思いで、見つかってしまうと、間違いなく潰されてしまうと思ったのだ。
 特に女の子は虫が大嫌いなので、虫を見ただけでパニックに陥り、そのまま虫を潰してしまうことだって十分にありうる。
 確かにそのまま握り潰してしまうと、汚いというのは分かりきっていたが、その汚さよりも恐怖に打ち勝つことができるかと思うと、
――できないわ――
 としか思えなかった。
――手を洗えばいい――
 というだけの問題ではない。
 握り潰せば、どれほどの汚物が出てくるか分かっていたが、手についてしまうと、絶対に消えないという思いもあった。
 だから、本当は握り潰したりはしないのだろうが、麗美は自分の中の衝動からの反動に耐えられるだけの自信がなかったのだ。
 箱の中から箱が出てくるという発想を、どうしてあの時分かっていたように感じたのか、目が覚めて考えればなんとなく分かったような気がした。
 自分の目が一瞬だけその虫の目になってしまったことを麗美は気にしていた。
 恐怖が残ってしまったのは、その思いがあったからで、そうでなければ、気持ち悪さの方が強く残ってしまい、まったく違った感覚で、見た夢を処理していたように思う。
 気持ち悪さが強く残らなければ、思い出すこともない。
――ただ、何か分からないけど、夢を見たんだわ――
 と思うことだろう。
 麗美は、以前留美の家に遊びに行っていた時、留美の部屋にあった模型のようなものを思い出していた。
 あれは、確か西洋のお城のようなものだったが、かなり精巧に作られていた。子供のおもちゃとしての、シンデレラのお城のようなものではなく、実際のお城の、何十分の一とでも言えばいいのか、お城のまわりの庭も、かなり精巧に作られていた。
「私ね。これを見ていると、いつも怖くなるのよ」
 という留美に、
「どういうこと?」
「この模型は、お父さんが海外からのお土産で買ってきてくれたものなんだけど、そのあまりの精巧さにお父さんもビックリしていたわ。あまりビックリしたので、私へのお土産に買ってきてくれたと言っていたんだけど、私もその模型が気になってしまって、いつも見ていたわ」
「それはいつ頃のことなの?」
「そうね、麗美と知り合う少し前だから、麗美と知り合ったのが、まだ私がその模型に恐怖を感じる前だったように思うわ。ひょっとすると、麗美と知り合ったことで、それまで気付かなかった恐怖に気付いたのかも知れないわ」
 と留美は言った。
 だが、留美はすぐにそれを打消し、
「というよりも、ひょっとすると私は恐怖に気付いていたのかも知れない。恐怖というよりも、恐怖に感じなかった思いなんだけど、それが恐怖に変わってしまったきっかけが、麗美と知り合った時だって言えないかしら」
「留美も私も、どうやら後になっていろいろと思い出すことが多いようね。でもそれって逆を言えば、最初から気付いていたことの裏返しなんじゃないかって思うんだ」
 と、留美との話の中で自分なりに解釈することで感じた思いを素直に言葉に表した。
 しかし、言葉にするには曖昧で、人を説得させられるだけの材料がないことが分かっているので、そう思ったことすら亡き者にしておきたいという気持ちが曖昧さを運んでくるのだろう。
 留美との話を思い出しながら、次第に病気が表に出てきた時の留美の顔を思い出していた。
――あんなにやつれていくなんて――
 留美のことを思い出してはいけないと思いながらも思い出してしまったということは、留美が自分を必要としているのではないかとも思った。
 それには、この日に目を覚まさせた夢の、その正体を明らかにする必要があるのだと思うと、せっかくの心地よさを身体全体で感じているはずの自分を、奮い立たせなければいけないと感じた。
 留美のことを少しでも思い出したことを、麗美は後悔した。
――ここは、まず今見た夢のことを思い出さなければいけないんだわ――
 思い出すも何も、夢を見たという意識があるのだから、それがすべてではないのかと思ったが、どうやら、それを否定する自分もいた。
――夢を見たということを自覚できるということは、何か他に感じたことを自分で悟ってはいけないという逆の意識が働いているのかも知れない――
 とも思った。
 麗美は、
――何かの不安を感じた時には、安心できる何かが隠れている――
 あるいは、
――楽しいことの裏には、悲しいことが表裏一体で隠れていて、それを思い出すか思い出さないかは、本人の意思に関わることではない――
 と思っていた。
 予期できる何かを感じた時には、必ずその裏には正反対の何かが潜んでいるのではないかと思っていた。
 夢を見たことを他の人が分かっていないというのは、自分の感情とは若干違っていると麗美は思っていた。
 誰もが夢の内容を人に話そうとしないのは、その内容が自分にしか分からないことで、夢の世界は自分の知っている相手であっても、現実世界の同一人物とは違うということである。
 つまりは、夢の共有などありえないと思っているからだ。だが、最近麗美は、
――夢の共有などありえないと思っているということは、夢の共有という意識があるからなのではないか?
 と自分の考えを否定するのではなく、肯定する考えを持つようになっていた。
 人と夢の話をしようとしないのは、麗美だけに限ったことではなく、誰も夢の話をしようとしない。そこに相手との暗黙の了解が存在するとすれば、
――目が覚めるにしたがって、夢というのは忘れていくものなのだ――
 という思いが、自分の中にあるからではないだろうか。
 夢の中に出てきた人のことを思い出そうとすると、その人は、自分の知らないことまで何もかも知っているかのように思えた。夢の中のその人が、何もかも分かっているかのような笑みを浮かべている表情しか、夢の中のその人をイメージできないからだった。
 だが、その日の夢は、忘れてしまうにはあまりにもセンセーショナルだったということなのか、それとも、夕方に見た、
「箱の中の箱」
 というシチュエーションが、あまりにも夢の中の光景と同じ意識の元に見ることができるものとして認識されたことで、夢を鮮明な意識として消し去ってしまわないように、自覚している証拠なのか、麗美は考えた。
「夢というものは潜在意識が見せるものなんだよ」
 と言っていたのは留美だった。
 留美は、あまり夢を見たくないという。
「私が夢を見ると、ロクな夢にならないからね。私の運命は決まっているのよ」
 と言っていた。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次