夢先継承
仮説というのは、それぞれ何もないところから組み立てる人もいるだろうし、実際に研究されている内容を吟味したうえで、自分なりの解釈をする仮説もある。
もちろん、後者の方が信憑性という意味ではあると思うのだが、麗美は前者を信じていた。
――人の意見を真に受けていると、せっかくの自分の発想を見失ってしまわないとも限らない――
と感じた。
だから余計に、
――自分が発想したことを、以前どこかで見たことがあるような――
と感じてしまうのではないだろうか。
人の意見を真に受けないようにしようと思えば思うほど、自分の発想と似通った現実を目の当たりにすることで、以前に見たり感じたりしたことだという発想が生まれるのではないか。
麗美はそれを、
「先入観」
だと思うようにしていた。
先入観というと、少し聞こえが悪いような気がする。
「先入観を持つことで、自分の目を信用できなくなってしまう」
と感じていたからだ。
だが、先入観というのは決して悪いことではない。先入観すら持たない人は、自分の発想を持っていないということであり、持っているとしても、
「表に出さなければそれは持っているとは言えない」
という考えに至ることはないだろう。
麗美が今までどれだけのデジャブを感じたのか、ハッキリと覚えていない。
ただ、ハッキリと覚えているのは、あれはまだ小学生の頃だっただろうか、母親と立ち寄った喫茶店で、壁に架けられている絵を見た時だった。
「前にどこかで見たことがあったような気がするんだけど」
と、母親に言うと、
「そうかしら? お母さんは分からないわ」
と言った。
まだ小学生だったので、どこかにいくとすれば、学校からの遠足か、家族でどこかに出かけた時かのどちらかになるのだろうが、母親はまるで麗美が見たり聞いたりしたことは、すべて自分に関わりがあることだと言わんばかりだったことに、違和感を覚えていた。
まだ子供だったので、
――お母さんがそういうなら――
と、それ以上考えないようにした。
今から思い出すと、母親はその絵に触れられたくないという思いから、麗美に対しての返事を曖昧にし、さらに不快な気分にさせようとしたのかも知れないと思った。
その心がどこにあるのか分からない。もしかして、大人の世界の都合によるものなのかも知れないが、少なくとも母親としては、触れてほしくなかったことだったに違いない。
そのことを感じたのは母親にだけではない。小学校の先生にも同じようなことを感じたことがあった。
あれは、学校から課外授業で近くの霊園に図画をしに出かけた時だった。
「この公園を中心に、自由に絵を描いてください」
と先生に言われて、麗美は一人近くの桜の木を描き始めた。
桜の木はまだかろうじて花びらをつけていたが、満開は過ぎ去っていて、完全に葉桜になっていた。まわりには桜吹雪の跡があり、お世辞にも綺麗だとは言えなかっただろう。
麗美は桜の木を描き始める前に、しばらく地面に散った桜の花びらを見つめていた。それを先生が気になったのか、
「どうしたの?」
と聞くので、麗美はとっさに、
「前にも似たような景色を見た気がするの」
と答えた。
実際には本当に見たのかどうか定かではなかったが、先生に声を掛けられ、ハッとしたその瞬間に浮かんできた言葉が、
「前にも見たことがある」
というものだった。
そういっておけば、じっと見ていたことへの言い訳にはなるだろう。実際に先生に声を掛けられ、びくっとしてしまった瞬間に、それまで感じていたことをすっかりと忘れ去ってしまったのは事実だった。
その時も先生は、
「そうなの? それはよかったわね」
と、まるで他人事のような答え方をした。
「えっ?」
思わず声に出てしまったようだが、先生も分かっているはずなのに、何ら答えようとはしなかった。
そんな様子を見て、
――これは触れてはいけなかったことなのかしら?
最初に触れたのは先生だったはずなのに、どうして麗美が気を遣わなければいけないのか理不尽な感じがしたが、目上の人に不快な思いをさせてしまったということに麗美は罪悪感を感じ、
――こんな思いをするのなら、私もデジャブで感じたことを誰にも言わなければいいんだわ――
と思った。
だが、この思いは比較的冷めるのが早かった。半年もしないうちにデジャブのことを他の人に話していた。
相手が先生や親でなければ、相手が不快な思いをすることはなかった。
「私も最近、同じようなことを感じるのよ」
と同級生と話をした時には、そういって答えてくれた。
――大人になればなるほど、子供には分からない何かがあるのね――
と感じたが、それは大人になることで、子供に戻りたくないという思いがあるからではないかと思うようになっていた。
――大人になんかなりたくない――
と中学生になってから思うこともしばしばだが、その理由の一つに、小学生の頃にデジャブを感じ、大人に不快な思いをさせてしまったという思いがあったからに違いない。
デジャブの話をすると、一人の友達が反応した。
「私のお母さんは、私が小学生の時に死んだんだけど、お父さんがすぐに再婚して、新しいお母さんができたのね」
と言い出した。
自分のまわりで誰かが死ぬというショッキングなことであっても、半分感覚がマヒしかけていた麗美には、友達の話が最初よく分からなかった。
「どうして亡くなったの?」
と麗美が聞くと、
「交通事故でね。お買い物の帰りに横断歩道を渡っていたら、走ってきたバイクに跳ね飛ばされたの」
想像しただけでも、ゾッとしてしまう。
「その時、あなたはお母さんと一緒にいたの?」
「いいえ、別の人と一緒だったらしいんだけど、その人と一緒に渡っている時に跳ねられたらしいの。その人も即死だったらしいわ」
相当な大事故だったのだろう。
しかし、交通事故など日本中で考えれば、一秒間に何件起こっているのかと考えると、悲惨な事故であっても、さほど珍しいものではないのかも知れない。
彼女は続けた。
「その時、お母さんと一緒にいたのは、実は男の人だったらしいの。お母さんよりもだいぶ若い人で、あとで分かったことなんだけど、お母さんはその人と浮気をしていたらしいの」
「それは二重にショックだったでしょうね」
「ええ、私は大いにショックだったけど、お父さんはどうなのかしら? お母さんが事故で死んでからそれほど経ってもいない時に、一人の女性を連れてきて、『今度からお前のお母さんになる人』だっていうのよね。いきなりそんなこと言われても私もどう反応していいのか分からない。でもよく考えたら、それもお父さんの計算だったのかも知れないわね。私がお母さんの浮気の話に頭が混乱している時に、そのどさくさで新しいお母さんを連れてきたのよね」
「でも、それって計算なのかしら? 娘の頭が混乱していれば、余計に意固地になるんじゃないかって考えるのが普通じゃないかって思うんだけど」