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夢先継承

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 麗美本人は、一言ではないと思えたが、それ以外の言葉が思い浮かばずに一言になっただけだ。友達は、この言葉に、どのような印象を抱いたのだろう?
 麗美は少し考えすぎる時がある。それは不定期ではあったが、何かの法則があるようには感じていた。それも一つや二つの法則ではない。いくつも存在する法則は、その間に交わることのない平行線を描いていて、この場合は、
「深い眠りに就いていて、目を覚ますのに不快な思いが感じられた」
 という状況だった。
――私、そんなに気分が悪かったのかしら?
 友達に対して、一言だけしか言えなかったのが、その確かな理由ではないだろうか。もし他の態度が取れたとすれば、その態度の中に明らかなその時の麗美の感情が含まれているに違いない。それがたった一言、感情を思いはかかることなどできないほどの一言は、麗美が自分の意思を分かっていて、それを悟られたくないと感じた証拠であろう。
 ということは、悟られたくない思いが、相手にとって悪いことであるということの裏返しである。そう思うと、麗美はこの場では、これ以上何も言えなくなってしまったことをすでに悟ったようなものだった。
 友達も麗美を起こしただけで、それ以上何も話しかけてこようとはしなかった。それはそれでありがたかったが、この微妙な雰囲気を解消させることはできなかった。
 二人は列車を降りて、ホームで背伸びをした。すでに夕方近くになっていて、目の前に広がっている海の彼方に夕日が見えていた。
「ここから、ローカル線で少し行くことになるわ」
 と、友達は言った。
 麗美も当然分かっていることだったが、特急が止まる駅にしては、少し寂れているのが気になったが、ローカル線のホームに移動すると、そこにはたったの一両編成の列車が、ホームに入ってきていた。
「グォー」
 という音とともに、
「バチバチ」
 という音も一緒に聞こえてきた。
「ここはまだ電化されていないディーゼルなのよ」
 と教えてくれた。
 これから向かう城の近くには温泉があり、城めぐりの最初は、温泉につかることから始まるのだ。今日はまず移動だけで、城めぐりは明日からということになる。
 ローカル線もディーゼル車も、麗美には初めての経験だった。
「ディーゼルって乗ったことある?」
 と友達に聞くと、
「ないわよ。実は今回の旅で、ディーゼル車に乗れるというのも、今回の旅の醍醐味だと思っていたのよ」
「そうだったんだ? 楽しみ?」
「もちろんよ。ちょっと息苦しいくらいのこの独特な臭い、話には聞いていたけど、こんなにも新鮮だなんて思ってもいなかったわ」
 彼女は、話を聞いただけで、自分の経験したことのないことは、すべてが新鮮さから入ることのできる人だった。ふつう考えれば当たり前のことのように聞こえるが、言葉にするとわざとらしさが感じられ、聞くに堪えないと思うのだが、麗美が友達との会話で聞かされた今回の意見やお話は、そのすべてに新鮮さが感じられた。
 ただ、ここで新鮮さを感じることができなかったら、麗美は自分の考えのほとんどが、信憑性のないものだと認めなければいけないと思っていた。だからこそ話は一言一言聞き流さないつもりでいたし、今回の旅行も、ただの旅行ではないという、自覚というか、覚悟のようなものがあったのだ。
 旅の醍醐味の一つとして、
「普段体験できないことが体験できる」
 というものがある。
 今の二人はまさしくその経験をしていた。特にディーゼル車というものは、いつまで見ることができるか分からない。そのうちに消えていくものであろう。
 車窓からの眺めは素晴らしかった。爽快というには少し違うが、幻想的な雰囲気と言っていいだろう。遠くに見える水平線がオレンジ色に染まり、夕日がオレンジ色であることをいまさらながらに思い知らされた。写真でしか見たことのなかった光景を実際に見ることができただけでも、
「来てよかった」
 と感じさせられた。
 麗美はこれがまだ旅の序盤であるということを思うと、これからどれほどワクワクさせられるか、楽しみで仕方がなかった。
 宿に着くとホテルというよりも旅館形式になっていた。
「こういうところもいいわね」
 という彼女を横目に、ロビーの横にあるちょっとしたお土産コーナーに目が行った麗美は、
――やっぱり私はまだ子供なんだわね――
 と、さっきの景色もさることながら、お土産物に目が行くのは、女の子である証拠だと思った。
 そんな麗美の姿を悟ったのか、
「あとでお部屋で一段落したら、来てみればいいじゃない」
 と、彼女が言ってくれた。
「ええ、そうするわ」
 と麗美が言ったが、麗美がお土産コーナーに興味を持ったのは、別にお土産を買いたいと思ったからではない。
 今までホテルはおろか、旅館というところにもあまり泊まったことのなかった麗美だったが、ロビーの横にあるお土産コーナーになんとなくだが違和感を覚えたのだ。
――どうしてこんなところに?
 旅館にお土産コーナーがあるのは別に不思議なことではなく、ロビーのそばにあっても、別におかしなことはないと頭の中では思っている。テレビドラマなどで旅館のロビーを撮影していたものを見たことがあったが、その時も確かロビーのそばにお土産コーナーがあったような気がする。
――何に違和感を覚えたんだろう?
 麗美はそう思いながら、
「お部屋に案内しますね」
 という女中さんの後について歩いていきながら、横目でお土産コーナーを眺めていた。
 回り込むようにお土産コーナーを覗いていたので、別角度からも見ることができたが、やはり何かしっくりこないものを感じていた。そのままやり過ごして部屋まできたが、気になっていることが解消されることはなかった。
 部屋に入ると、女中さんが旅館の施設や、近くの観光地について簡単に説明してくれている。他の旅館ではしていないということだったので、ここのサービスの一環なのだろう。
「では、ごゆっくり」
 と言って出て行った女中さんだったが、彼女は麗美がお土産コーナーを気にしていたことに触れることはなかった。
 女中が自分からお客様の感じていることに、勝手に入り込んでしまってはいけないという思いがあるからなのか、それともこの旅館に泊まる客の中には、麗美と同じようにお土産コーナーにおかしな感覚を抱く人がいたので、別に麗美だけを特別だとは思っていなかったのか、それは二人には分からないことだった。
「どうしたの? お土産コーナーなんて、別に不思議でもなんでもないじゃない」
 と友達に言われたが、
「ええ、まあそうなんだけど」
 と、何とも歯切れのない答えしかできない麗美だったが、その時、麗美は何かを考えていたというわけではないが、
――心ここにあらず――
 であったことは間違いないようだ。
「じゃあ、分かった。百聞は一見にしかずというから、今からお土産コーナーに行ってみましょう」
 と言って、友達は立ち上がり、麗美を促して、一緒にお土産コーナーに向かった。
 お土産コーナーは実に狭いものだった。
作品名:夢先継承 作家名:森本晃次