夢先継承
都会の片隅の中で、小さなステージが設けられていて、百人前後くらいしか入ることのできない会場で、それまでのアイドルとは比べものにならないほどの貧相な設備で活動していた。
昔は大きな映画館が主流だったが、ある時期、郊外型の大きなスーパーの片隅で営業しているような、あるいは、成人映画を細々と上映しているような狭い会場をイメージすれば分かるのだろうが、それが分かる人というのは、すでに中年の域を超えた人にしか分からないだろう。
そんな人はきっと、その頃のアイドル、特に地下アイドルというものの存在を信じていない。存在自体は話には聞いていても、想像などまったくできない世界で、そんな会場でアイドルの真似事をしている人がいるとすれば、それはお金のためにやむおえずにしていることではないかという発想にしか行き着くことはないに違いない。
新しく結成されるアイドルの中には、オーディションに合格する人もいれば、地下アイドル出身者もいた。
スポーツ界でも同じようなことが言えるのではないだろうか。
プロ野球なども、アマチュアで活躍して、ドラフト会議で鳴り物入りで入団してくる人もいれば、地道に活動していて、プロテストなどで合格したり、あるいは、海外の下部組織で活躍して戻ってくる人もいる。
地下アイドルというと言葉は悪いが、
「底辺がしっかりしている組織や団体は、それだけの強さを持っているということだ」
と言えるのではないだろうか。
作家がプロデュースするだけに、発想も豊かである。
それまでの概念を打ち砕くという意味で、何でもありの考え方は、アイドル界だけに限らず、いろいろな分野で取り入れられることになる。
もっとも画期的なのは、一つのアイドルグループが大きくなりすぎて、それを分割するのではなく、一つのグループの中で階層を作り、その階級を、選挙で決定するというやり方である。
元々は、ある歌番組に出演依頼があったアイドルグループが、
「その人数ではスタジオに入りきれない」
ということを番組から通知され、
「どうしたものか」
と考えていたところ、
「それじゃあ、いっそのこと出演者を選抜メンバーという形にすればいい」
ということになった。
それが、その後もそのグループの方針となり、
「じゃあ、選抜を決めるにはどうすればいい?」
という発想から、
「選挙を開催すればいいんじゃないか?」
という意見が出て、
「その有権者の対象を一般のファンにさせるようにすればいい」
という発想になり、しかも、その応募の権利は、彼女たちの楽曲購入者に権利を持たせることにすれば、楽曲は売れるし、さらに、ファンとアイドルの間の絆ができることで、さらなるファンの獲得、さらには既存のファンを大切にするという発想から、このアイドルグループの体制が盤石であることに繋がってくるというものだった。
だが、一つがうまくいけば、弊害も出てくるというもので、プロダクションは、アイドル一人一人よりもグル^ぷを大切にするという昔からの体質で、所帯が大きくなればなるほど、一人一人への待遇は、冷遇になってしまいかねなかった。
そこで生まれた発想が、
「アイドル個人個人で自立させること」
であった。
アイドルグループとしての活動だけではなく、個人でも何か取り柄を設けて、それに関しては誰よりも長けているという人間教育をアイドルに施せば、大人数の中で浮いた存在になったり、グループを脱退することになっても、自立して違う方面で生き残っていけるようにするというやり方が生まれてきたのだ。
それは、まるで就活のための資格取得に似ていた。
勉強して資格を取る人もいれば、バラエティ番組に出演して、そこで目立つことで、バラエティとしての顔も持つことで、今度は違うファンの取り込みもできるし、アイドル界でも、異色として目立つこともできる。
深夜の番組では、アイドルグループの女の子たちが、バラエティとして出演していることが多くなってきた。中には、毎週放送することができず、月に一度放送され、さらにはスタジオが借りられず、会議室のようなところで、立って進行するという番組もあったりした。
「内容は結構面白いのに、もったいないな」
と言っているヲタク連中もいたりした。
おかげでアイドルはどの番組に出ているか神出鬼没的なところもあった。
バラエティ番組はもちろんのこと、報道番組や、さらには教養番組にまでゲストとして呼ばれる人もいたりして、その活動の幅広さには、頭が下がるというものだった。
晴美がなりたいと言っていたアイドルは、昔のアイドルだった。
いわゆる正統派アイドルと言ってもいいだろう。楽曲をリリースして、歌って踊れるアイドルを目指していたのだ。
そんな晴美は、
「アイドルになりたい」
と言っていたのを聞いたことはあったが、どんなアイドルを目指しているのかなどということを話したことはなかった。
麗美が避けていたわけではなかったが、晴美も別に避けている様子もなかった。お互いに話すきっかけがなかっただけで、見ている限りは、晴美が正統派アイドルを目指していたのが分かりきっていただけに、麗美は必要以上に知る必要などないと思っていたのかも知れない。
麗美から見ると、アイドルというのはお姉さんばかりで、自分が憧れたとしても、結局は届くことのない憧れだけで終わってしまう相手だと思っていた。
麗美は、
――目標を持つことは悪いことではないと感じていたが、その目標を達成してしまったら、その後はどうすればいいのか?
と考えていた。
目標を持って、それを達成するために努力することは楽しいし、生きがいにもあるだろう。しかし、達成してしまうとその後に残るもの、それを思うと、
――目標とは、持っていて達成するまでの命なんだ――
と思い、
――達成してしまうと、その後に残るのは、虚脱感と不安、そして孤独感、何をどう考えてもいいことなんか、一つもないんだ――
とまで思うようになっていた。
――達成感を感じるというのも、達成してしまった時点では、すでに達成感が成就してしまっている、達成感の成就と同時に、目標は達成されるものだ――
と、そこまで考えてくると、やはり、目標を持つことの意義を、次第に怖いと感じるようになっていった。
それを人に話したことはなかった。
もし誰かに話したら、
「考えすぎよ」
と言われるだろう。
それだけならまだマシであったが、
「そんなことばかり考えていると、せっかく何かできる素質があるのに、何もできずに終わってしまうわよ。達成感というのは、そこに満足感があるから、達成感というんじゃないかしら?」
と言われたらどうしようと思っていた。
ただ、当たり前のことをその人は言っているだけだ、当たり前のことというのは、誰にでも思い浮かぶことであり、麗美が思い浮かんだということは、この発想は当たり前のことだと言い換えることができるんだろう。
「達成しても、そこで終わりではないと思うにはどうすればいい?」
と言われたとして、その答えを思い浮かばないのは、
「そんな簡単なことも分からないのか?」
と、愛想を就かされると思えた。