夢先継承
本人や肉親はもちろん、ヘルパーや執事にも確認できなかった。
ヘルパーに聞いてしまうと、聞いてしまったことが、本人や肉親にバレないとも限らない。そうなってしまうと、留美とは気まずい雰囲気になり、修復が難しくなるのは必至だった。
かといって、執事に聞くわけにもいかない。
執事に聞いても、なるほど本人や肉親には、麗美が聞いたということを口走るはずはないと思ったが、それ以上に、執事が本当のことを話してくれるとは思えなかった。
「心配には及びません」
という返事が返ってくることは麗美にも分かっていたのだ。
そう思うと、確認のしようのないことで一人悩んでいることが、何かバカバカしくなってきた。
さすがにバカバカしいというのは不謹慎なのかも知れないが、麗美の本心はその言葉が一番適切であった。
麗美は、留美と少し距離を置こうと考えた。ほとんど毎日のように一緒にいる相手だったが、そんなに毎日一緒にいる必要もないと思ったのだ。頭の中のほとんどが留美のことでいっぱいだった麗美は、もう少し自分を解放してあげたくなったのだ。
麗美はどうしてそう思うようになったのかというと、思春期になったからなのだとあとから感じたが、その時は分からなかった。中学生の頃は、
――彼氏がほしい――
とまでは思わなかったが、まわりの女の子がどこかギクシャクしているのに、仲良くしているのを見ていると、違和感を感じるようになっていた。
――見た目は仲がいいとは思えないのに、どうしていつも一緒に行動しているのかしら?
と思っていた、
そう思うことで、麗美は自分と留美の関係も、ひょっとしてまわりから見ると、どこかぎこちない関係だったのではないかと思えてきた。友達だと豪語しながら、ぎこちなく見えているのを感じると、自分も誰か友達がほしいと感じないと思っていた。
しかし、留美との距離を置くことで、一人の孤独が恐怖に変わることを不安に感じ、ぎこちない関係であっても、表向きだけであっても、友達だと言える人がいるのは安心できることだと思うようになっていた。
小学生の頃は、
――友達なんかいらない――
と思っていた。
自分には留美がいるからだと感じていたが、本当にそれだけだったのかを考えてしまう。
麗美は自分のことを自分では分かっていないと思っていた。それだけに人から自分の中を見られるのが怖いと思っていた。
だが、留美に対してだけは違っていた。留美は麗美に対して、決して嫌なことはしない。麗美の考えていることの邪魔をするような女の子ではなく、いつも持ち上げてくれているように感じた。
それだけでは友達関係を続けていけないと感じた麗美は、
――私も留美に対して気を遣ってあげなければいけない――
と感じるようになっていた。
この感覚は無意識のもので、意識していたとすれば、きっとぎこちなくなって、留美とは一緒にいることができないと感じたことだろう。
留美と一緒にいる時でも、まったくそんな気持ちになったことがないわけではなかった。何度か、
――留美と一緒にいていいものなのか?
と考えることがあったが、すぐに、
―ーいいのよ。私は留美と一緒にいることが一番いいことなの――
と自分に言い聞かせた。
それは、留美が重い病気に罹っているということを聞かされたからではないだろうか。
留美は自分が重い病気に罹っていることは分かっていた。いつまで生きられるか分からないという気持ちもあったようで、それでも、麗美の前ではそんな気持ちを表に出さないようにしていた。
麗美は事情を知っているだけに、留美のそんな思いに敏感になり、初めて、
――自分を犠牲にしてでも、この人のために――
と感じたのだ。
だから、留美と二人きりの時間をなるべく長く持つことを選んだ。留美に対して気を遣っている自分を感じながらも、それを悪いことだと思うことはなかった。
――こんなに素敵な性格の持ち主である彼女が、どうして重い病気なんかに――
と、運命というものを呪ったりもした。
だが、ずっと二人きりで一緒にいる時間が何年も続けば、次第にぎこちなくなってきても仕方がないのかも知れない。
小学校を卒業してから、中学に入学した頃、
「私、今度小学校に戻れることになったの」
と言っていた。
「えっ? 何年生からなの?」
「六年生からやり直すことができるのよ。勉強は今まで家庭教師に教えてもらっていたので、五年生くらいまでの学力はあるということで、特別に六年生から戻ることができるように教育委員会が取り計らってくれたの」
と留美は楽しそうに話した。
麗美は中学生になり、留美は小学六年生からやり直すことになる。一年すれば、留美は同じ中学に入学してくることになるのだ。
「それはよかったわね。おめでとう」
と素直な気持ちをぶつけると、
「ありがとう。私も楽しみなのよ」
とこちらも素直に喜んでいる留美の姿があった。
留美は小学六年生として、転校生扱いになった。クラスメイトの父兄は彼女の事情は知っていたが、クラスメイトは知らなかった。知っている人もいるかも知れないが、そんな人は誰も留美に興味を持つことはなかった。
「初めまして、新宮留美と言います。仲良くしてくださいね」
と弾けそうな笑顔で言われると、クラスメイトの数人はすぐに留美に話しかけてきた。
「新宮さんは、スポーツがダメだって聞いたんだけど、どうしてなの?」
と何も知らない生徒が一人、心無い質問をした。
だが、何も知らないのだから仕方のないことで、事情を知っている人は、一堂に苦虫を噛み潰したような嫌な表情をしたが、聞いた本人は、まったくそのことに気付かない。
留美もあっけらかんとしていて、
「私ね。病気なの。だから激しいスポーツは医者から止められているのね」
と言った。
その表情に嫌味な感じはまったくなかった。
そう、麗美に最初に出会った時のような表情で、あっけらかんと言ってのけたのだ。
その人はそれ以降、留美に話しかけることはなかったが、留美に対して気を遣うこともなかった。留美の方としては、
――その方が気が楽だわ――
と感じたが、まさしくその通りだった。
留美にとって小学生最初で最後の学年が六年生である。一年生から五年生までの記憶がない状態で六年生を迎えたのと同じだ。
だが、留美を転校生として見てくれているクラスメイトも、次第に留美と距離を置くようになった。その理由は、留美に話しかけても、その距離が縮まっていることを感じなかったからである。
別に気を遣わなければいけないことが距離を置く理由ではない。留美のような曰くのある女の子は、それまでまったく利害関係の一致がない人と関わっている方が、一番合っているのかも知れない。
体育の時間はほとんどが見学だった。それを見ていて、
「何かかわいそう」
と思っている人もいれば、
「羨ましいな」
と感じている人もいた。
クラスに何十人もいれば、必ず体育は皆好きだとは限らない。人と比較するのが勉強だけで十分だと思っている人の中には、運動も苦手な人もいるだろう。
――せっかくの勉強以外の科目でも、得意不得意が歴然として見えてしまうなんて――