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短編集61(過去作品)

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頼朝伝説の村



                 頼朝伝説の村


「江角、K村へ取材に行くのはいつだったかな?」
 編集長に声を掛けられたのは、以前に引き受けた取材の原稿を持ってきた時だった。
 江角省吾、彼はフリーのライターで、主に歴史的なことや民族的なことの取材が主だった。出版社数社に時々顔を出して依頼を受けたり、時には自分で探してきたネタで書いた記事を売り込みに行くこともあった。
 その日は依頼を受けて取材してきた原稿を渡す日だったので、M出版社を訪れていた。
「来週行ってみようと思います」
 K村というのは、隣の県に数少なく残った村である。別に観光になるものもなく、今時珍しい自給自足の生活で、かなりの閉鎖的な村であることは容易に想像がつく。
 学生時代、江角はゼミのレポートを書くために、閉鎖的な村を訪れたことがあった。テーマは村の人の生活、風俗がどのようにして培われたものかということを、歴史を紐解きながら書き上げるものだった。
 村人は学生が勉強のためにやってきたと知ると、皆優しかった。
 その中の一つ、おばあさんが一人暮らしをしている家に住まわせてくれることになって、取材は落ち着いてできたものだ。
 何一つ隠し事のない村の生活。もっとも隠そうにも隠すところがない。あけっぴろげな性格や、開放的な集団意識の成せる業で、それだけに取材には事欠かなかった。
 村人にとって、よそ者意識は本当になかったのだろうか?
 取材が終わって、それが不思議で仕方がない。
 最初は彼らの優しさを素直に受け止めていたが、そのうちに、あまりにもあけっぴろげで開放的な性格を信じられなくなっていく自分に気付いていた。
――人間というのは、疑えば歯止めが利かないのかも知れないな――
 時々そんなことを考えていたが、確かに疑い始めるとキリがない。特に純朴な人たちとは、どこまで行っても平行線。交わる接点が見つからないのだ。
 考えてみれば当たり前だ。
 いつも一緒にいる人でも、その奥に秘めた考えは決して分かるものではない。隠そうとすればするほど、隠していることが目立ってしまって、その奥を覗くことができない。覗こうとする意識の中には、相手に警戒心を持たせてはいけないという意識も手伝って、どうしても弱腰になってしまって、奥を覗くことができなくなってしまう。それがジレンマになって、睨まれた時に、目を逸らすことができないほど、臆病な自分に気付いてしまうことが多い。
 だが、その時の取材は、スムーズに進んだ。
 皆解放的で、却って開放的すぎてのめりこんでしまう自分に軽薄さを感じるくらいだったが、ここまで協力的なのは、田舎の人の純朴さに他ならないと感じていた。
 だが、取材を続けるうちに、次第に都会の生活を忘れかけている自分にも気付く。都会の生活に嫌気がさしているわけでもなく、田舎の生活を知れば知るほど都会の生活が懐かしくもなってくる。
 都会の人たちは冷たい人が多く、田舎の人は馴れ馴れしいほど人情豊かだ。
 こう表現すれば、田舎にさえいればそれで幸せに思えるが、ここの生活は自分のいる場所ではない。
 そのことを思い知らされたのは、いつも目が覚める時であった。
 目が覚めると、まず天井を意識する。
 木造の部屋の天井は、木目が歪な模様を描いているが、何ら規則性のない実に自然な模様を見ていると、言い知れぬ不安に駆られてしまう。
――まるで子供に戻ったみたいだ――
 子供の頃は田舎に住んでいた時もあって、その時はこの村と同じような木造家屋だったので、天井の模様を見れば懐かしさを感じる。
 だが、所詮は子供の時のこと。大人になって思い出したくはない。
 子供の頃はあまりいい思い出はなかった。田舎に住んでいる時は、おばあちゃんと同じ部屋だったのだが、あまりにも時代の古い話をするので、付き合っているのも疲れてくる。
「おばあちゃんの子供の頃は、よく境内で遊んだものだよ」
 境内というのは、村の守り神と称される神社のことだが、農家を主な生業としていた村なので、豊穣祈願の時は大きな祭りがある。
 年に二回お祭りがあり、その年の豊穣祈願と、翌年への思いを込めた祈願である。
 子供心に唯一村が盛り上がるのが楽しみだった。江角は、村に半年しかなかったので、一度しか村祭りの経験はないが、一ヶ月も前から用意している人たちを見ていると、祭りがどれほど村にとって大切なものかということを知ることができた。
 歩いていてもほとんど人とすれ違うこともない寂しい村なのに、
――どうして祭りの時だけはあれだけの人が集まってくるのだろう――
 と、思えるほどの人が祭りに集まってきていた。
「子供には不思議じゃろう?」
 と聞いてくるおばあちゃんを見上げながら無言で頷くと、
「そうじゃろうな。私も昔はそうじゃった。じゃが、実際に皆村の土壌の中で生きているんじゃ、紛れもなくな。生活の息吹きを感じてくるようになれば、やっと村の住人になったような気がしたものだ」
 江角自身は、
――村の住人になんてなりたくない――
 と思っていた。実際に村にいるのは、そんなに長くないことは薄々分かっていることだった。両親の都合でしばらくこの村にいるだけだったからだ。
 果たして、半年もすれば、都会へと引っ越していく。
――やっとこの村から逃れられる――
 と思ったが、どこか物足りなさも感じていた。
――半年しかいなかった――
 という思いも強いが、
――半年もいたんだ――
 とも思える。半年もいて、村のことを何も分からずに離れることは、少し悔いが残った。子供の頃の半年というには、大人になって考えると、かなり長い期間である。その間に感じることがどれほどあったかを思い出してみると、自分の中で、何ら結論めいたことが浮かんでこなかったことが、悔やまれてならない。
 K村は、取材を頼まれるまで、まったく知らない名前だった。地図を見ることで初めて知った土地で、
――何が取材の焦点なんだろう――
 と感じたものだ。
「江角君は、歴史は好きかね?」
 と聞かれ、
「学生時代には、よく名所旧跡を訪ねて旅行したものですよ」
 と答えたが、そのほとんどは、世間に知られた観光地で、友達と一緒に行くことが多かったので、どうしてもミーハーになってしまう。
 唯一、ゼミのレポートのために訪れた村が、あまり人の訪れないような閉鎖的な村だっただけだった。しかも大学卒業前の最後の旅行だったので、卒業してから、遊びでの旅行はしたことがなかった。
 仕事の中での旅行も嫌いではない。元々勉強熱心な江角は、自分の足を運んだ場所で得た知識を纏め上げることに充実感を感じている。旅先でおいしいものを食べたり、おいしい酒を呑んだりするのは、おまけのような気持ちである。
 大学の時の旅行で思い出に残っているところのひとつに鍾乳洞があった。山があり、峡谷がある自然の宝庫ともいえるところだったので、いくつもの鍾乳洞が地下に張り巡らされていた。
 高校の頃に読んだミステリーで、鍾乳洞が舞台になる作家の本を好んで読んでいたが、夏に読むと、背筋が凍るほどの不気味さがあった。
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次