短編集61(過去作品)
「過去の研究者がつけていた開発日記には、副作用のことが書かれていた。実際の効果よりも副作用をたくさん書いていたんだね。副作用を見ているうちに、副作用こそ薬の原点だと私は思った。思わぬところから成功する研究だってある。下手に考えが入っておらず本能のままの副作用。それこそ求めていたものではないだろうか」
「ですが、副作用って、私の性格を物語っているようにも思うのですが」
「それはそうだよ、本能なんだからね。だからこそ、私は君の研究を黙認し、期待していたんだ」
「それにしても過去に同じ研究の成功者がいたなんて」
何がショックといって、自分が先駆者でないことがショックだった。最初から分かっていればと思うとやり切れない。
「何も君が落ち込むことはない。私の研究への大いなるアシストになるんだからね」
少しは救われた気がしたが、信じられないことばかりである。
元々惚れ薬の効果として考えていたのは、相手に自分の楽しそうな顔を見せて、そこを気に入るようにすることだった。副作用さえなければ何とかなりそうな気もしてきていただけに残念だ。
「薬はエネルギーなんだよ。ただ、人間の考えを遥かにしのぐエネルギーを凝縮させるために、予想外の副作用が生まれる。これを神の報いと考える人がいるが、私もその一人かも知れないな」
そういうと教授は薬を口にした。エネルギーが教授の中で回っているようだ。
若返りの基本から離れている。だが、他の人に使えるものでもない。あくまでも惚れ薬を使用しての教授の薬だったからだ。
あくなき人間の欲望と信念、そしてエネルギーの抑制と爆発。教授は一人それを感じたかのように深い眠りに就いた。
目を覚ましたのは病院のベッド、
「もう大丈夫ですね」
同じ白衣でもこれほど表情が違うものかと思えるほどの穏やかな医師、それを見ながら窓の外を眺めた。
「お大事にしてくださいね。谷口さん」
看護婦にそう言われても顔を見ることができなかった。
病室は二人部屋で、扉の横の入院者の名前は谷口弥三郎、山崎繁之と書かれていた。
( 完 )
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次