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短編集61(過去作品)

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 そんなものが存在するとすれば、一番触れる可能性があるのは開発者である。人間を作り、進化を促したのが神であるとすれば、冒してはならない領域の存在を認めざるおえないに違いない。しかし、その時の山崎にはまだ何も分かっていなかった。
 山崎が開発した薬と、教授が開発した薬、それぞれに一番の問題は、いかにしてテストをするかということだった。どうしても人体実験が必要である。特に教授の薬はすぐに効果の出るものかどうかも分からない。
 教授は薬の研究を密かに行ってきた。どこかの命令があっての開発なのだろうが、機密事項とされていた。助手の山崎でさえ、その本質を分からない。教授の考えがほとんど伝わってこなかった。
 だが、教授の方では助手の山崎が何を開発しているか分かっていた。惚れ薬などというと、あまりにも漠然としたもので、しかも実用性を考えるならば、利用価値は制限されてしまう。経費、効率から考えると、いくら完成させることができたとしても、無駄になってしまう公算もある。
 それでも教授は山崎の研究を黙認してきた。自分の研究に没頭していたため、他人の研究をとやかく言う時間もなかったのだろうが、それにしても他人が見れば何と滑稽な研究所だと感じることだろう。山崎は他人事のように考えていた。
 確かに山崎の研究も、教授の研究も完成した。山崎の研究が完成するのを、教授はじっと待っていたふしもある。
「山崎君、どうだね、研究の方は」
 黙認してくれているとばかり思っていた教授から声を掛けられ、少しビックリしてしまったが、
「ええ、何とか、もうすぐ完成しそうです。すみません、勝手に研究を進めてしまって」
 と言うと、教授は少し苦笑しながら、
「いいんだ。それはお互い様だからね」
 お互い様という言葉の意味が分からなかった。自分の研究から比べれば教授の研究は大義名分がありそうだ。ただ、気になったのがあまりにも壮大なために、どこかでしこりが生まれないかということだった。
 教授がその時に何を考えていたのか、山崎には分からなかった。だが、それが分かった時に山崎の中に何かが降り立った。神か悪魔か、それを知っているのは教授だったに違いない。
 教授の研究の本質、それは山崎の研究に付随していた。山崎の研究も知らず知らずとはいえ、教授へとリンクしていたことを気付き始めた時があったに違いない。でないと、研究は完成しなかったように思えるからだ。
 最後の詰め、それは完成されたものからすればエッセンスのようなものかも知れない。本質というよりもまわりをコーティングしているものだと考えればいいが、その研究に半分の神経を費やした。
 それこそが教授の研究とリンクしている部分である。
 教授が研究を始めるよりも山崎の研究が始まる方が早かった。
 もちろん、山崎も分かっているが、いつの間にか教授の研究が進んでいくのも気付いている。そして教授の最後の詰めに差し掛かった時、同じように山崎も詰めで苦しんでいたのは、教授を見ていると、
「俺もあんな表情になっているんだろうな」
 と感じていた。
 研究を始める頃は、教授も山崎も、怖いもの知らずで研究に没頭していた。信念を持っての研究でなければ、時間も体力も精神にもかなりの負担が掛かってくるからだ。
 だが、最後の詰めに差し掛かる頃の研究者は、山崎や教授に限らず、これ以上ないという心細さに苛まれてしまう。
 孤独感のせいかも知れないが、それだけではない。恐怖と背中合わせになってしまうことを最初から覚悟してでなければ、研究などできっこない。
 教授はじっと耐えていた。山崎の方は、自分のことで精一杯で、教授にまで気が回らなかった。
 ちょうどこの孤独感は鬱病のようなものだと言える。
 山崎の周期的に訪れる鬱状態は今に始まったことではない。学生時代から続いていたことで、ある意味慣れているとも言えるが、それだけで研究の時に陥る鬱状態を片付けるわけにはいかない。
――教授は何かを企んでいる――
 それがいいことなのか悪いことなのか分からない。漠然と気付いたのは鬱状態の間だった。
 鬱状態を抜けてしまう時には、研究は完成しているだろう。だが完成してしまうと教授の企みも完成させてしまうことになってしまう。それが怖かった。
 鬱状態の中でのジレンマは、思ったよりも苦しいものではなかった。鬱の精神状態が、すでに感覚を麻痺させるものであるからだ。
 教授の研究は、若返りの薬である。
 若返りなどというと、人間の寿命に関わることである。ある意味神の領域の侵犯ではないだろうか。
 しかし山崎の研究している惚れ薬にしてもそうである。人間の感覚を麻痺させて、その間に惚れるようにしようというものだろうから、そちらも神の領域ではないか。という人もいるだろう。
 だが、山崎には反論がある。
 人間は元来人を好きになるものである。性行為を行って主の保存をするのは生命のあるものはすべてが行うことだが、それは本能の赴くままにである。だが、人間の場合は、そこに感情が入ってくる。その感情は万民に共通のはずだ。
 何もないところから感情を作り上げるわけではない。人間の中にある好きになる感情の抑えをなくそうという考えの下に生まれた研究だった。
――教授にもそれなりに持論があるだろう――
 山崎が考えたような持論なくして、開発者は研究を進めてはならない。それが暗黙の了解だと常々話しているのは、教授ではなかったか。
 教授の開発している薬は、実は自分を若返らせるものではない。相手を若返らせるものである。
 そこに惚れ薬を使うことで、若い相手がかなり年上の男性でも好きになるのだ。これが何を意味するのか分からないが、種の保存という観点からの研究のようである。
 山崎の研究にも一つ欠点があった。惚れ薬の効果は一人に対してではない。複数に対して使用することで効果が出るようだ。
 密かに実験をしてみたが、人を好きになるという感情よりも、さらに好きになった相手に対して抱く嫉妬や猜疑心を踏まえた上での効力になってしまっていた。
 研究は一応成功だが、山崎の望んだ成果とは程遠いものがある。
――これこそ副作用ではないか――
 薬というと副作用が付き物だ。だが、副作用が必要な時もある。
「山崎君、君の研究の副作用。それは私には分かっていたことだ。その副作用と私の研究にも出てしまうであろう副作用、それがリンクすることで効力を発揮する薬になるんだ」
 と教授は話した。
 さらに教授は、
「君が惚れ薬の研究を始めたことは分かっていたよ。だからこそ私も若返りの薬の開発を考えたんだ。だが、これは最初から決まっていたことなんだ。君は自分がこの研究の先駆者だと思っているかも知れないが、過去に同じ研究をした人がいて、同じような結果に満足できずに封印してしまった。かなり昔の話らしい。だが、君が同じ薬を開発する気になったのを見て、少し静観した。同じものを作れそうになったと判断した時、私も兼ねてから考えていた研究を実行に移したんだ」
「どうしてですか?」
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次