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短編集61(過去作品)

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 最初のうちは、研究が何に役に立つのか分からなかった。教授から聞いた話では、強力なエネルギーに関係あるということだったが、一緒に開発しているうちにエネルギーに程遠い感覚が生まれてきた。どちらかというと薬の一種のようにも思えてくる。
――何か遠回りをしているように感じる――
 研究が壁にぶつかったのか、
「しばらく研究はやめておこう。また声を掛ける。すまない」
 短い言葉でそれだけ言うのがやっとであるかのように、完全に精根尽き果てたような表情が印象的だった。
 山崎も久しぶりに休息を与えられ、研究に没頭する前の仕事が何であったかすら忘れてしまっている。
 研究室からの帰りは、今までであれば真っ暗だった。徹夜で泊り込むことも少なくなかったこともあって、夕日を眺めるなどいつ以来だったであろうか。
「眩しいな。こんなに西日って眩しいんだ」
 西日にエネルギーがたかが知れていることは分かっているはずだが、人間の受ける感覚は数字で表されるものではない。何かの力が働いて見えているものだ。
 考えてみれば星だって面白いもので、何百年も昔に光っていた光が、今になって見えるのである。光速という想像もつかないような速さで何百年である。
 手を伸ばせば取れそうな世界ではないか。地球が回っているという説がなかなか受け入れられない理由も分かるというものだ。
 何百年も前に光ったものが今届いたのだから、今も存在していないかも知れない。空に貼りついているように見える星だって、近くもあれば遠くもある。まったく違う時間に光を放ったものが、同じ時間に同じ空間に見えているのである。これが神秘と言わずして何と言うだろう。
 太陽だってそうだ。今の瞬間を見ているわけではない。しかも角度によって光の強さも変わってくる。恵みはすべて恵みに結びつくものではなく、一つ間違えれば大惨事を起こさないとも限らない。偶然という針の筵の上を歩かされている人間は、そのことをまったく意識していない。
 科学を研究するということは、神に近づくことだと言った人がいた。
 神の力を信じずして、科学に近づくのは恐れ多いことだ。エネルギーを与えるもの、恵みを受けるもの、それぞれに神を抱いていないと、何を信じていいのか分からなくなる。研究を進めながらいつも山崎は神の存在を意識しているのだった。
 神の存在を意識していないと、自分のおろかさに気付かない。慢心した気持ちがやがて大きな過ちを起こさないとも限らない。
 だが、信じる神だって、所詮は自分が想像上で作り出したもの。それを誰が戒めるのだろう。学者にとって自分、そして自分が信じている神というのは、人それぞれで違っているはずである。
 山崎は信仰に厚いわけではない。別に特定の宗教を信仰しているわけでもない。
 しかし、太陽や月、天体に関しては神秘的なものを感じている。歴史が好きなのも、昔の人が天体に神秘的なものを考えていたことで、その時代背景を考えてみたくなったからだ。得てして科学を志しているのような人種は、文科系である歴史的なことにも造詣が深いのかも知れない。山崎はそう感じていた。
 太陽の光は恵みもあれば、災いもある。それは薬にも言えることだ。
 一つのものを治すために開発される薬、だが、そこには副作用という切っても切り離せない宿命がある。持って生まれた運命を、薬によって延命させたり、治させたりするのは信仰の世界では許されないことかも知れない。
 だが、人間としては、救えるものであれば救いたいと考えるのも当たり前のことで、いちいち余計なことを考えている暇はない。
 だが、一旦開発作業が終わって一段落すると、どうしても自分を省みる気持ちになってくる。臆病になってしまう時期でもあり、自分ではないと一番感じる時期なのかも知れない。
 救われた命も、さらに襲ってくる副作用をいかに克服するかを考えながらであれば、時には、
――あの時、楽にしてやればよかった――
 と感じることもある。
 そんな時、開発者としてのジレンマが襲ってくるのだ。
 山崎は人を救う開発をしたことがない。間接的にはあるのだろうが、未来への進化を促すような壮大な開発に携わっていると言っても過言ではない。
 やりがいがある反面、あまりにも漠然としていて、ピンと来ない。神の存在を信じたくなるのも仕方のないことだ。
 孤独感が何とも言えずに襲い掛かってくる。学生時代に感じていた孤独感とは違うもので、たぶん学生時代からの孤独感もあるのだろうが、学生時代からの孤独感は感覚的に麻痺してしまっていて、他の孤独感に押し潰されたのかも知れない。
 何をしているのか、本当に分からなくなることがある。研究室での徹夜作業は肉体面の疲労が精神面から来ていることを思い知らせてくれる。
 夕日の中に見えるエネルギー、今までに感じたことのないほど、太陽が赤く感じられた。
 太陽の中にある明るさは、赤ではない。黄色でもなく、白に限りなく近い色であって、しかも白ではない。
 それが何か分からない間は、まだまだ開発者としては未熟なのだろう。光の本質の中にこそ、色が存在していると言える。
 太陽の光の恵みが進化を促したとすれば、光を吸収するものがすべて進化に逆らっているものだと思っていた。
 黒い色、暗黒の世界がそうである。
 暗黒の世界とは、光があって闇があるもの、すべてを吸収してしまうということは、光を放つものがあることの証明でもある。
 昔、すべての光を吸収するものを考えた人がいるが、その人はどうなったのだろう?
 光があって影がある。光のないところに影は存在しない。では、暗黒は影ではないというのか。
 そんなことを考えながら本を読んでいた。
 その本に書いていたのは、影だと思っていた闇は、エネルギーだという。
 どこにも存在しないエネルギー、それを発見することができれば、光にも劣らない無限のエネルギーだというのだ。
 その本を読んで、山崎は科学者を志した。中学の時であった。
 好奇心旺盛な中学時代、宇宙に思いを馳せ、世の中を省みる。何とも小さな世界ではあるが、それすらまだ解明されていないことの何と多いこと。それが中学時代の山崎を刺激したのだ。
 薬にも興味を持った時代があった。
 医学を志したこともあったが、何しろ血を見ると気持ち悪くなったことから、医学はあきらめた。
――どうして気持ち悪くなったんだろう――
 赤い色は嫌いではない。鉄分を含んだ匂いが身体に沁みついて離れなかった思いがあった。
 友達が交通事故に遭ったのを目の前で見たことがあった。事故の現場を目の当たりにしたことのショックは口では言い表せないが、事故のショックからは意外とすぐに立ち直った。だが、その時に感じた鉄分を含んだ匂い、それだけがいくら風呂に入っても抜けない気がしていた。
 夢の中にも鮮明に事故の瞬間が出てきた。
 夢の中では感じることができない色、確かにできなかった。だが、感じることのないと思った匂いだけは、夢から覚める間にも感じていた。夢の中で感じたままである。
 夢から覚める間に感じたことが夢で感じたと思ったのかも知れないが、それから鉄分を含んだ匂いを感じると、夢を思い出すようになっていた。
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次