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短編集61(過去作品)

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 こんなことを人に話したことはない。きっとバカにされるに違いないと思う。これも孤独感なるがゆえの感覚で、孤独感を抜けると、もう一人の自分の存在が、自分自身で信じられなくなるのだ、何とも皮肉なことである。
――こんなことを課が得ること自体、理屈っぽい証拠だよな――
 一人で苦笑いしていることだろう。
 社会人になってからの定岡は、極端に性格が変わったわけではないが、まわりから、
「お前変わったな」
 と言われるようになっていた。
 一帯、どこがどのように変わったのか自分では分からないが、
「何となく丸くなったような気がするぞ」
 学生時代からの友達というのは数人いるが、皆声を揃えて答えてくれる。
「そうかい? それほど意識はしていないんだけどな」
 と頭を掻きながら照れ笑いをすると、
「そうそう、そんな素振り、今までになかったもんな」
 そういえば、学生時代にはしたことがなかったか、学生時代までの定岡であれば、言われても分からなかっただろう。それが分かるようになったのだから、いい意味で変わったに違いない。
「確かに気持ちに余裕が出てきたかも知れないな」
 さすがに二十歳を過ぎると夢は夢、現実派現実と考えるようになった。冷静な目で自分を見つめなおすと、自分の実力で絵の世界で生きていくことなど無理である。きっと昔から分かっていたのだろうが、それを認めたくないという強い意志の自分がいたのだろう。そのことは、就職活動をしていて分かった。
 皆、真剣ではあったが、時々一緒に呑みに行った時など、それほど緊張感はない。愚痴を零すやつもいるが、ほとんどは、学生時代の思い出に終始している。
――そうだ、暗くなる必要なんてないんだ――
 皆、自分が何をやりたいか分かっている。分かって仕事を探しているのだが、なかなか希望通りに就職ができないのも現状だ。それをどの段階で判断し、自分を納得させるかなのだが、そのことを理解している人が多いのだろう。
 学生時代は、皆それぞれの個性を持っていて、魅力的に見えたところがなりを潜めてはいたが、それだけに、気持ちに余裕を感じる。
 ――気持ちの余裕――
 それを感じることで、定岡の目からウロコが落ちたような気がした。
――俺にも気持ちの余裕があるに違いない――
 そう感じると、今まで自分が狭いトンネルを歩いてきたことに気付く。見えなかったものが見えてくると、前に広がっているものが、今までとは違う世界に見えてくる。そこで生まれるものが余裕というものではないだろうか。
 余裕の中でも理屈を求めるのは、元々の定岡の性格なのだから仕方がない。
 余裕を感じるようになってからの定岡の人生はあっという間だった。
 会社の仕事にも慣れてくると、貪欲に趣味を持ちたくなる。幸いにも学生の頃からやっていた美術の道具は一人暮らしをするようになったアパートに持ってきていた。
 休みの日になれば近くに散歩がてら、最初はスケッチに出かけていた。スケッチ程度であれば、いくらでも被写体になりそうなものは転がっているのだ。
――仕事以外の時間でリフレッショできることが、仕事での活力に繋がるんだな――
 と納得していたが、一人でスケッチしていると、学生の頃に感じた孤独感を思い出して仕方がなかった。
 だが、あの頃とは違う孤独感であった。まわりが見えなくなるほどの孤独感ではなく、人恋しいと思うような孤独感である。ある意味、進化した孤独感と言えるのではないだろうか。
――孤独感が進化するなんて――
 そんなことあるわけないと思いながら、一方では、
――これって孤独感以外の何者でもないよな――
 と勝手に納得していた。
 社会人になってからは毎日が充実しているのか、一日一日が長く感じられた。子供の頃にあっという間だと思っていた一日が信じられないほどである。
 しかし逆に一年が経つのはあっという間である。後から思い返して、
――今年のことだったのか、去年のことだったのかすら、ハッキリとしない――
 と思うようになり、老化したのではないかと真剣に考えてしまう。
 だが、毎日が充実しているのも事実である。一日の長さが、一年の短さで補えないものがあるとすれば、記憶が曖昧になるのも当然であろう。
 しかも毎日の仕事が充実して感じられたのは二十歳代までである。それ以降は、責任の二文字がのしかかり、一度はどこかで自分を見つめなおさなければならない時期がやってくる。その時期を乗り越えればまた充実感が戻ってくるのだが、今から思い返せば、乗り越える感覚は、初めてではない。
――学生時代にも感じたことがあるように思うな――
 と漠然とだが、思うようになっていた。
 二十歳代も後半に入ると、油が乗り切った状態になってくる。第一線での実力が試されるようになり、何よりもやったことの成果がすぐに現れるのが嬉しい。
――やっぱり俺は一人でコツコツとこなす仕事をするのが向いているのかも知れないな――
 と感じるようになり、仕事の疲れが心地よく感じられるようになると、普段の生活まで充実して感じられる。
 休みの日には、近くの喫茶店によく顔を出していた。文庫本を片手に、テーブル席でゆっくりとする。早朝から開いている店なので、モーニングサービスがありがたい。コーヒーの香ばしい香りに、目玉焼きの焼ける匂い、さらにはパンにバターが塗られる音まですべてが、心地よく耳に響いてくる。
 マスターと女の子二人だけで早朝は切り盛りしている。と言っても早朝の客はほとんどが常連客で、常連でもなければ、日曜日の朝から開いている喫茶店があるなど、気付かないだろう。
 朝七時というと、日曜日ならほとんどの人がまだ寝ているのではないだろうか。常連客でもいなければ、早朝から開けているだけ無駄でもある。固定客にとってはありがたいことで、逆に一番常連が気軽に集まれる時間帯でもあった。
 最初は二十歳代後半から通い続けているが、これはいまだに続いている。家族も公認で、日曜日は昼間から家族サービスに入れるので、早朝は定岡にとって、日曜日の中でも貴重な時間となっている。
 テーブルでゆっくりしている客は定岡だけではない。数人、同じように本を読んでいる客もいる。女性もいれば男性もいる。お互いに意識しているわけでもなく、朝の爽やかな空間に漂っているという雰囲気である。
 そんな中の一人に藤原という青年がいた。
 あれはまだ大学生であろうか。二十歳代後半というと、あっという間に過ぎてしまう毎日を感じ始めた頃でもあった。
 藤原青年は、本を読みながら、時々顔を上げては表を見ている。表を見ながら何かを考えているようで、気がつけばまた頭を下げて本を読んでいる。
 まわりの視線を知ってか知らずか、まわりを意識している素振りはない。
――マイペースな人なんだろうな――
 と感じたが、その考えは当たらずとも遠からじである。
 藤原青年の読んでいる本に興味があったが、彼は本にカバーをつけているわけではない。何冊か持ってきてテーブルの上に置いているが、どうやらホラーを読んでいるようだった。
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次