短編集61(過去作品)
それは江角のようなフリーでも同じことだ。フリーなだけに誰も助けてくれる人もおらず、すべてが一人から始まる。気を遣わなければいけない人というのは、まわりすべての人ということになるのだ。どうしても寂しさと背中合わせの人生でもある。
旅先の裏風俗のことはいつも調べあげている。特に温泉地などに出かける時の事前調査は万全で、人づての場合が多く、同じフリーのライター仲間では、その部分だけは実にオープンだった。
M温泉に行った時に相手をしてくれた女の子が印象的だった。
彼女はM温泉出身ではなく、他の街からやってきたらしいのだが、いつも相手が持っている何かを記念品としてもらっているらしい。
「この温泉には、小さな山があるの。そこにちょっとした神社があるんですけど、皆さんからいただいたものをそこにお供えしているんですよ。せっかくお相手していただいた方ですから、いつも一緒にいられますようにってね」
なかなか面白い娘だった。
器量はそこそこで、見るからに普通の女の子だった。ただ、純朴さゆえに男に騙されやすい雰囲気を持っていた。しかも言葉の端々に何にでも興味を持ちそうな女の子だっただけに、危険な部分も孕んでいた。
「どうして、一緒にいられるようにって思うの?」
少しためらいがあったが、それは言葉を選んでいたのかも知れない。
「実は私、昔男に騙されて自殺しようとしたんです。その時に死にたくないって、思ったら死に切れなくて。今は死のうなんて思わないんだけど、もし、私がそばにいれば、死にたいって思った時にその人を助けてあげられるような気がしたからなんですよ。ちょっと図々しいかも知れないわね」
何とも心の澄んだ女性であろう。自分が生きていくだけで必死だと思っていた「裏風俗」の女の子たちの中で、それほどの気持ちになれる女の子がいたというのは、目からウロコが落ちた心境だった。
確かに江角は「裏風俗」遊びをしていても、泡銭で遊んでいるわけではない。切り詰めた中で余裕のある時だけできる遊びで、それを楽しみに普段から切り詰めている。
もっと言えば身体の快感だけを求めるだけの遊びではない。もしそれだけであれば、すべてが終わった後には後悔だけしか残らないからだ。
裏風俗の遊びを始めた最初の頃は後悔だけしか残らない時もあった。だが、自分が求めているものを見つめてみると、後悔よりもスッキリしたものが後に残ることに気がついたのだ。
それは癒しである。
行為そのものよりも、彼女たちがいろいろ相手を癒してあげたいと思ってくれることが楽しかったりする。
元々男は寂しがり屋な動物である。
「ウサギってね、寂しいと死んじゃうらしいの」
と言っていた女の子もいたが、
「じゃあ、俺がウサギだったら、大変なことになっているね」
と笑いながら返すと、女の子の顔に少し寂しさが浮かんだ。だが、
「じゃあ、私が寂しくないようにしてあげるね」
と言って、サービスに徹してくれる。そこから先は無言であっても、身体で気持ちを伝えてくれる。社交辞令などまったくないサービスがどれほどの癒しになるか、いつもながらにその時の身体が感じる快感に、
――このまま時間が止まってしまえばいいのに――
と思えるほどである。
「あなた、誘惑されやすいタイプなのかもね」
という女性もいたが、すぐにその言葉を忘れてしまっていた。
もし、お金が絡まなければと考えたこともあるが、本気で彼女たちを好きになってしまうかも知れない。お金が絡むことで、気持ちを抑えることができるのだ。必ず物事にはメリハリをつけなければいけない。それがお金を払うことで、商売として成り立っているという切ない関係になってしまうが、それでもその時々で、新鮮な気持ちになれる時間は、お金に変えられるものではない。江角は胸を張って、彼女たちに相手をしてもらうのだった。
そんな中でもM温泉で出会った女の子だけは、今でも忘れられない。もし、今までに本気で好きになった女の子がいたとすれば、彼女ではなかったか。その証拠に、それ以降他の女の子を見て好きになりそうな気持ちが浮かんできても、どこか本気になれない自分がいる。
どうしても思い出してしまうからであろうが、
「私のことをちゃんと忘れてくださいね」
とハッキリ彼女の口から言われた時はビックリした。まるで心の奥を見透かされているかのように思えたからだ。
「どうして、そんなことをいうの? 今までの女の子から、忘れないでくださいと言われたことはあったけど、忘れてくださいというのは初めてだよ。何となく寂しい気がするんだけど」
というと、
「ずっと一緒にいるのは、神社での私となんですよ。だから、忘れてくれないと、一緒にいるって雰囲気になれないのよ」
おかしなことを言う女の子だった。却って印象が残ってしまう。
想像通り、しばらく彼女のことを忘れられなかったが、忘れるというのは、きっかけよりも、時間という見えない力が働くようだ。いくら、
――忘れたくない――
と思ってみても、気がつけば忘れている。だが、忘れているにも関わらず彼女のことを思い出そうとすると、神社の祠がイメージされるのだ。顔はまったく覚えていない。もしどこかで出会っても分かるかどうか……。
――でも、きっと分かるんだろうな――
と漠然と感じるだけだった。
そんな裏風俗だったが、最近は利用していない。どこか自分が落ち着いてきたのか、それとも、神社の祠を思い出すのか、それとも、さらなる出会いの機会を求めているのか、自分でも分からなかった。
K村には、異様な雰囲気を最初から感じていた。
初めて田舎を取材した時に感じた新鮮な思いを記憶の奥から引っ張り出しているような感じだが、目の前に現われた笑顔を見た時、実に不思議な気がした。
満面の笑みなど、初めて見る人に対して見せられるはずなどないというのが、今までに生きてきた江角の結論である。満面の笑みに見えても、どこかで警戒していたりするものだ。そういえば、今までに江角も田舎の人の表情に騙されたこともあった。あまりにも警戒心の少ない村での取材に応じてもらった時、自分まで警戒心を解き、自分を開放していた。
その中から自分の中の甘えが顔を出した。寂しがり屋を意識はしているが、甘えを表に出すことはないと思っていた。だから、寂しさゆえの甘えではなかったのだ。
K村で見かけた女性、彼女に対して何か不思議な雰囲気がある。幼さが残る中で、どこか男を誘う眼差しを感じるのだ。
「どちらから来られたんですか?」
彼女が語りかけてくる。
「東京から来たんだけどね。この村を少し取材したいと思ってね」
彼女の唇が一瞬怪しく歪んだ。
「取材ですか? ではしばらく滞在されるんですか?」
「ええ、そういうことになりますね。でも、ここって宿とかあるんですか?」
「宿はありませんよ。何しろ、ほとんど他から人が来るようなところではありませんからね」
「やはりそうですか。困りましたね」
彼女の表情を覗き込んだ。
「じゃあ、私のところに泊まりませんか? うちは、おばあちゃんと二人なので、部屋はいくつか空いてますよ」
作品名:短編集61(過去作品) 作家名:森本晃次