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のっぺらぼう

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「それはね、最初に並べた形なのさ。一手打つごとに隙ができるんだ。だから、将棋は典型的な減点法なんじゃないかな?」
 と話してくれた。
 なるほど、確かにそうだ。戦にしても、それぞれに決まった布陣というものがある。兵を動かすごとに情勢は変わっていく。どちらに変化するかは、その時の布陣や自然現象にもよるだろう。運も味方につければ、情勢は一気に変化してしまう。それを思うと、第一印象というのは、結構大切なものだと思うのだった。
 夢が時間とともに流れていく。夢というのは、時間の感覚を曖昧にさせるものだとばかり思っていたが、まんざらそれだけではないようだ。時系列がしっかりしている夢もあるようで、ただ、刻んでいる時が、いつも同じ長さとは限らない。それがほんの少しであっても、見ている本人には相当な違いになってしまうのだろう。
 自分が動いているわけではないのに、屋敷が流れていくように見える。それが夢の中での独特な「時間の流れ」というものではないだろうか。夢を神秘的なものだとしか思えなかった時は、よもや夢の中で「時間の流れ」などという感覚はないのだろうと思っていた。流れる屋敷は、夢から覚める前兆ではないかという思いさえ起こさせ、それが、夜中に一度、目が覚める前兆だと分かったのだった。
 夢から覚める兆候もあり、気が付けば目を覚ましていた。まだ起きる時間ではないのに、目が覚めてしまったことを、少し残念に思う。
 これから二度寝を試みるが、実際に二度寝をして目が覚めると二度寝をしたことがよかったのかどうかは、目覚めの気分で決まる。
 実際によかったと思うのは半分くらいであろうか、あとの半分は、眠りが中途半端でまだ眠りの足りなさを感じていたり、夢を見そうで見れなかったことへの苛立ちのようなものがあったのだ。
 その日は、二度寝をしたことで夢を見ることができた。しかも、それは同じ夢の三度目であり、こんなことは今までになかったことだった。
 眠りを通り越して、遅刻しても構わないとさえ思えた。眠っていても現実世界の壱岐氏が働くのは、二度寝の時くらいだろう。眠りの時間が限られていると、どうしても現実への意識とは切り離せなくなってしまう。
 二度寝で同じ夢を見ることができたのは、ひょっとすると、二度寝をする時間が早かったからかも知れない。逆算すると、それだけ夜寝る時間が早かったからで、前の日の夜は、普段より床に就いてから、眠りに入るまでが早かったのだ。
 夢の中で私は誰かを追いかけていた。追いかけて屋敷の中に入っていった。もちろん一度も入ったことのない屋敷である。しかもこんな豪邸に実際にも入ったことなどなかった。今では博物館か、重要文化財にはなっているがレストランとして開業されている建物を想像するしかなかった。
 その時の想像は、レストランになっている国の重要文化財に指定されている建物であった。中に入ると真っ赤な絨毯が敷き詰められているが、階段も踊り場も、すべてが白を基調に作られていた。
「思ったより狭いな」
 というのが印象だった。表から見ると、完全な豪邸で、玄関フロアだけでも十分に大きなマンションの玄関フロアに匹敵するくらいのはずなのに、入ってみると、それほどでもなかった。
 それでも白い色が眩しくて、目が慣れてくると、次第に広さを感じられるようになった。追いかけている人の影を感じて追いかけていたが、なかなか追いつけないのは、狭いと思っていたはずの奥行きが、広かったことにびっくりさせられるのだった。
 白い壁に黒い影が大きく見えた。その実態は見えずに、影だけが蠢いている世界は、異様な世界だった。
――時間的には何時頃なのだろう?
 差し込む日差しは朝日なのか西日なのか、夢の中だという意識があることで、ハッキリと分からない。建物の立地から考えると、どうやら西日のようだ。西日だと思うと、蠢いて消えたはずの影が、くっきりと残っている。
 近づいてみると、残像に見えた影は、私が最初に感じたものではなかった。大きさも次第に小さくなっていき、このまま消えてしまうのではないかと思えるほどになってくると、本当に消えてしまった。残像は私が見失わないようにするための残像のように思えた。やはり自分が見る夢なので、想像も自分中心になっているのも、無理のないことだろう。
 階段を駆け上がった突き当りの部屋に入っていったようだ。そのことを残像となった影が教えてくれた。
 しか少しだけ扉が開いていたのだが、私が入るのを助けてくれているようで、急いで扉の前までやってくると、今度はそこから中に入るまでの戸惑いが襲ってきた。中には何があるのか、そして何かが飛び出して来たらどうしようという不気味さがこみあげてきた。本当に私が追いかけている人がそこにいるという保証もないではないか。
 しばし戸惑って扉を開けたが、夢の中での戸惑いは、どれほどの影響を心境に与えたことだろう。扉の向こうに広がっている景色は、想像していたものとまったく違ったことで、さらなる戸惑いを生むのだった。
 不思議なことに、初めて入ったはずの、想像もしていなかった部屋を、懐かしく感じられたのだ。部屋の中はさっきまの白が基調だったはずの建物の雰囲気を一変させた。部屋に入った途端に飛び込んできたのはピンク色が印象的なまるでメルヘンの世界のような部屋だった。
 女の子の部屋に入ったことのない私は、大げさに感じたが、中学生の女の子の部屋であれば不思議のない雰囲気であった。ベッドの上には熊のぬいぐるみなどが置かれていて、部屋の中から何とも言えない温かさがにじみ出ているようだった。
 甘い匂いもこみ上げてくる。懐かしさをかんじたのは、この甘い匂いにであることに気付いたのは、しばらくしてからだった。どこかで嗅いだことのある匂いだと思っていたのだが、以前庭に咲いていたきんもくせいの香りにそっくりだった。夢は潜在意識が見せるものだとすれば、きんもくせいの香りというのも、不思議のないことであろう。
「ここには、彼女と二人きり」
 と言っても、そんなロマンチックなものではない。夢の中とはいえ、二人きりの世界なのだ。
「好きな人と二人きりでいられるなら、他に何もいらない」
 という人もいるが、私の場合はその考えは当てはまらない。あくまでも考えは現実的であって、まわりの世界があっての好きな人なのだ。
 まわりからの圧力で、自分の立場がどうしようもなくなってしまい、どこかに逃げ出したいと思ったとすれば、好きな人との二人きりの生活を望むかも知れない。だが、しょせんは一人なのだと思うと、却って好きな人と一緒にいることが辛くなることもあるのではないか。
「だけど、彼女は本当にこんな部屋に住んでいるのだろうか?」
 少し雰囲気が違うような気がする。中学生の女の子の部屋というのを漠然と想像したというのであれば、ここはまさしく想像通りの部屋である。しかし、彼女の性格からすれば、この部屋はおおよそ違っているだろう。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次