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のっぺらぼう

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 夢の中での私は、彼女を普通の中学生に当てはめようとしているのだろうか。いや、そんなことはない。要塞のような洋館に怪しげな影を見た。それを彼女だと思ったところまでは、いつもの彼女を想像すれば、あながち突飛な発想でもないだろう。
 誰かを型にはめて見てみようなどという発想は今までの私にはなかったことだ。普段から奇怪なことを想像することもあったのだが、何かの根拠に基づいてのことだった。
 そういえば、
「私は、武士の生まれ変わりらしいの」
 と言っていたことがあった。
 歴史が好きな彼女が戦国武将に憧れるのは不思議のないことだが、それは彼女の前世が、本当に戦国武将であって、そのイメージが心に残っているから、歴史に興味を持ったのかも知れない。
 生まれ変わりは、何にでもなれる。ひょっとして、自分が生まれ変わったら、路傍の石になっているかも知れないなどと思ったこともあるが、じゃあ、石が今度どうやって生まれ変わるというのだろう。石に寿命などあるのだろうか?
 生まれ変わりにも限りがあって、三度まで最高生まれ変われるとしたら、最後はきっと命のないものかも知れない。最後は死ぬのではなく、永遠に死なないというのもあり得ない話ではない。もっとも、死なない代わりに、生きているとも言えないかも知れないが。
 私は夢を見てきた中で、一番怖かった夢を思い出していた。
 夢には二種類ある。一つは自分が主人公になっている夢、そしてもう一つは全体的に大きく、冷静に見ている自分は外にいるという夢であった。
 一番怖い夢は、まず、自分は主人公になっていた。その時の夢は、やたらとリアルな気がしたのだ。狭い世界の中にいるのだが、それだけ現実に忠実で、鮮明に描かれている。主人公になっている私は、次第に夢を見ていることも忘れ、現実との世界を行ったり来たりしている。
 しかも夢であるだけに、自分の都合のいい世界が描かれている。それには、現実を忠実に描いた背景は必要不可欠だったのだ。
 夢であることを忘れると、えてして、登場人物は誰もいない。一人でも登場させてしまうと、本当に夢であることを思い知らされることが分かっているからだ。
 途中までは楽しい世界が広がっている。楽しいといっても都合のいい夢なので、信じて疑わない自分が新鮮に思えるだけで、実際は心の中で寂しさがこみあげてくるようだ。それが登場人物が皆無なことに繋がっているのだろう。
 次第に意識が朦朧としてくる。発熱しているのか身体の痺れが感じられるようになると、気が付けば布団を敷いて、横になっている。身体を動かすことができず、身体の節々に圧迫されるような痛みを感じる。
「俺は縛られているんだ」
 どうして縛られているのか分からないが、拘束されていることが分かると、その後のクライマックスに向かっての夢の続きが瞼の裏に浮かんでくるようだった。ここまで来れば、自分が実は怖い夢を見ていたのだということに気付くようになる。和室に布団を敷いて寝かされている。仰向けになっていて、天井がやたらと遠く感じられ、そのわりに、部屋の狭いのなんのって、夢でしか感じることのできない歪な自分の部屋だった。
 襖がゆっくりと開かれた。襖の向こうにある部屋は普段は物置としてしか使っていない三畳の部屋だった。襖を開けると、人の足を踏み入れる隙間もないほど、所狭しと雑多なものが置かれている。襖を開けると、きっと雪崩を打って、物置から物がはみ出してくるに違いなかった。
「そんなところから人が出てくるなんて」
 と思っていると、見覚えがないにも関わらず、恐怖心が湧き上がってくる。
――一番身近にあって、一番見ることができないもの――
 そう、その答えは「自分」であった。
 何が怖いと言って一番怖い夢は、もう一人の自分が出てくることだ。主人公として出ている自分と、客観的に表から見ている自分の存在は別に気にならないが、主人公のじぶんが、もう一人の自分が夢に出てきたのを感じた時、恐ろしいと感じる。
 もう一人の自分はまったくの無表情だ。冷静で何も言おうとせず、主人公の自分を見ようともせず、ただ、佇んでいるだけだ。存在に気付いていないわけではない。時々見下すような目線を浴びると、背筋に脂汗を感じてしまう、
 自分であっても、「その男」という表現がふさわしい。
「自分であって、自分でない」
 その男はいつも狭いところから現れる。今回も物置になっている三畳の部屋から現れた。ひょっとすると、私の中にある潜在意識は、今を狭い世界だと思っていて、そこから飛び出したいと思っているのかも知れない。夢自体が大きさの分からないもので、その大きさの中に、時間軸というものが含まれているのかも知れない。目が覚めて考えることは、夢の中ではあっという間に時間が過ぎてしまったこともまったく意識するころはない。目が覚めてから、
――夢って、一瞬だったな――
 と思うのだ。
 もう一人の自分が表れた時の夢は、その日一日現実の世界で意識し続ける。次第に不気味さは消えていくが、次の日以降も、ふいに思い出すことがある。その時に不気味さが消えているが、そのための冷却期間として、夢を見たその日一日、もう一人の自分を意識する必要があるのだろう。
 夢の中での彼女はどこに行ってしまったのか。その存在を忘れてしまうくらいに衝撃的なもう一人の自分の出現。まるで私をもう一人の自分に誘うために、彼女が一役かったかのようであった。
――もう一人の自分と、彼女とどういう関係なんだろう?
 夢の中の二人も現実世界の二人のような関係なのだろうか。いや、もっと泥臭いものかもしれない。だが、まったくの無表情であったもう一人の自分、何かを語り合っているという雰囲気も感じられない。彼女に至っては、顔も見ていない。あくまでも雰囲気から感じたことだったのだ。
 そこまで考えてくると、半分目が覚めていることに気付いた。屋敷の記憶が遠い彼方へと追いやられている。ただ記憶の中に、もう一人の自分が残っているだけだ。
 それも次第に消えていく。怖い夢を見た時は、えてして何かから逃げ出したい気分になるものだが、何から逃げたいと思っているのか、一向に見当がつかない。
 目が覚めるにしたがって、見えてくるものがある。今日はそれがないのだ。目が覚めた途端、いったいどこに飛び出すのか、不安と期待が入り混じった複雑な気分になっていた……。

 姿見に
  映して見たる我が躯
    微動だにせぬ山のごとくかな

 普段から持ち慣れない大きなカバンを手に持ち、疲れ果てた顔や、疲れの中に楽しかった思い出を消したくないという思いから、楽しそうな表情というより、満足そうな顔を浮かべている集団が、新幹線口の改札口から少し離れた場所で列になって座り込んでいる。
 先頭にはメガホンを手に持った背広の男性を中心に、数名の大人たちが、一様に疲労困憊しているのも関わらず、最後まで気を引き締めておかなければならないとばかりに、気合がにじみ出ているようだった。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次