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のっぺらぼう

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「こんなところに秘密の通路があるなんて」
 さすがに一緒に入っていくわけにはいかない。中は一本道なので、おばさんが何かを思い出し振り返らないとも限らない。その時の表情を想像してみたが、これほど気持ちの悪いものはなかった。
 おばさんが消えていった場所をしばし呆然として眺めていたが、しばらくして帰ってきた。息切れしているのがハッキリと分かるが、待っていた私の方が息苦しくなっている。息遣いを気付かれないかどうか気になったが、おばさんは来た道をまた戻っていった。私はといえば、通路が気になってしまい、そこから動くことができなくなった。それと同時に金縛りに遭い、身動き自体が取れなくなった。
 動けないことがここまで焦りを呼ぶとは思わなかった。ここまで来て引き下がるのも癪に障ったが、それよりも、なるべくこの場から立ち去りたいという気持ちが強かった。足を動かそうとしても痺れてどうにもならない。もしこんなところを誰かに見られたらと思うと、言い訳する言葉も生まれてこない。
 通路への興味を少しでも薄めると、身体が簡単に動いた。また変な好奇心が頭をもたげてくる前に退散した方がよさそうだった。また身体が痺れてしまっては、どうにもならないからだ。
 何とかその場から立ち去ると、今まで出たことのなかった庭に出てみることにした。すでに西日は傾いていて、夜のとばりがすぐそこまで迫っているようだった。蒸し暑さは先ほどの焦りの気持ちにも似て、額から汗の滲みを漂わせたが、一番の原因が凪の時間であることを悟ると、
――自然現象というものは、どうしようもないものだ――
 と自分に言い聞かせたのだ。
 夕日が最後の抵抗で地表をオレンジに染めているその頃、舞い上がった砂塵が、視界を悪くしていた。遠くにはショッピングセンターのようなものが見えるが、そこまではずっと砂漠のような更地が広がっていた。ここだけが浮いて存在しているのか、ショッピングセンターが幻のように浮かび上がっているのか、私には分からなかった。
「あそこまでどれくらいの距離があるというのだろう?」
 とても小さく見えるので、四、五キロくらいありそうにも思う。砂漠の中にも道があり、一直線に続いている。その途中にはいくつかの起伏があり、道が見えたり見えなかったりで、それが遠くに見せているのかも知れない。
「夕日だから遠くに見えるのかな?」
 風もないのに黄砂が舞ったかのように砂塵が上がっているのも、遠くに見える原因の一つになっているのかも知れない。近い時にはより近く見え、遠いところはより遠く見えてしまうというのは、今までにも感じたことがあった気がした。
 私は、気付かないうちに、空と砂漠と地平線の狭間の中で、バランス感覚を取っていた。絵心があるわけではないはずなのに、バランスを感じようとしているのはどうしてなのだろう。
「ひょっとして、記憶を失う少し前に、絵に関する何かを感じていたのかも知れない」
 絵心がなくても、絵について誰かの説明でも受けていた途中だということであれば、分からないだけに、新鮮な気持ちで聞いたことだろう。
 絵を描きたいと思ったこともあったが、どうしてもバランス感覚がない自分には無理だと早い段階で挫折した。もう中学に入る頃には、芸術と名のつくものとは、おさらばしていたのだ。
 だが、潜在意識はどうだったのだろう? 自分でやろうとするから挫折を味わうことになるのであって。誰か芸術に造詣の深い人と知り合いになれば、自分も芸術に親しもうという心の余裕も生まれてくるだろう。
 芸術に関していえば、知り合いの中には芸術に親しんでいる人もいた。その人はいつも落ち着いていて、何かあっても、一歩下がって見るので、大きな失敗はしない人だった。ゆっくりなので、相手によって感じ方もいろいろなのだろうが、私は憎からずに思っていた。どこか頼りがいがあって、知り合いであったことを誇りに思うくらいだ。
 芸術が好きそうな患者もいた。彼は絵画よりも彫刻が好きだと言っていたが、最近は絵画にも興味を持っているということも話していた。
 絵画に興味を持つようになったのは、喫茶店で一枚の絵を見たからだと話していたが、それ以上のことは本人も覚えていないということ、やはりここは記憶がある程度欠如している人が病気を伴ってくるところのようだ。何らかの原因が記憶の欠如にあるとすれば、病気も多種多様なのかも知れない。いずれ私もドクターと一緒になーそとしての仕事をするようになれば、何かを少しずつ思い出してくることになるのだろう。
「思い出すことが怖くありませんか?」
 ドクターから訊ねられ、少し返答に困った。さすがに、表情が変わったのであろう。ドクターも答えを焦って引き出そうとはしない。恵比須顔を壊すこともなく相手に安心感を与えるものだった。
 だが、最近では慣れてきたのか、それとも自分が臆病になってきたのか、ドクターの表情に怖さを感じるようになってきた。
「怖くないと言えばウソになります」
 最初の頃は、
「大丈夫です」
 と即答していたのだが、それが自分の中でウソだったことに気付くと、この言葉があまりにも軽い言葉に感じられた。簡単に即答していた自分が逆に怖いくらいになっていて、今は自分の気持ちをそのまま返答するようになっていた。
「正直でいいですよ」
 ドクターも満足したようにいい。その表情は大丈夫ですと答えた時とほとんど変わりはなかった。
 病院の中でドクターが見せる表情は、
――ずっとあのままで疲れないのかしら?
 と思わせるものだった。私だって、どんな表情であれ、いつも同じ顔をしていると疲れてくると思う。ましてや笑顔というのは思ったよりも疲れそうな気がする。寝ている時までずっと笑顔を絶やさないのではないかと、その顔を想像してみたが、ゾッとするほど気持ちの悪いものとなってしまった。
 同じ表情をずっとしている人の耳には輪を作り丸くなったゴムが引っかかっていて、それは縁日などで買うお面のようであった。恵比寿のお面もあればひょっとこのお面もある。私はなぜか翁のお面を思い出すのだった。
 わずかな記憶がある中で、いや、お面を想像することで思い出したのか、縁日を思い出した。
 私は浴衣を着ていた。子供でも一年に一度楽しみにしている縁日くらい、浴衣を着てもいい日だという意識は残っている。綿菓子や金魚すくい。鉢巻きに腹巻をしたおじさんが、声を荒げていて、会場は活気に溢れていた。
 会場は、大きな神社の境内だったように思う。ただ、出店が並んでいるから大きく感じたのだが、閑散としている時は、だだっ広いだけで、何もない分、余計な広さは感じないことで、狭く感じたかも知れない。
 お面の横では、風車が揺れていた。綿菓子も魅力的だが、私はお面をしばらく見ていた。
「お嬢ちゃん。気に入ったのあったかい?」
 活気に溢れたおじさんたちが多い中で、お面を売っているおじさんは比較的静かで優しさを感じさせた。その雰囲気が安心できて嬉しかったので、
「うん、でもなんだか怖い気がするわね」
 と、普段なら、話しかけられたりすると、すぐにその場を離れていた私が、その時は平然と答えた。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次