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のっぺらぼう

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 父と去年離婚した母は、元々若く見えたが、離婚して独身になると、さらに若く見える。子供の私が若く見えると思うのだから、他の男性が放っておくはずもない、保険のセールスをやっているので、ビジネススーツがよく似合い、さらに若さが引き立った。
「お得意様の中には、結構言い寄ってくる人もいるのよ」
 と、帰ってきてから嘯いていることもあったが、まんざらではないと思いながらも、その中の誰かと付き合おうと考えているとは思えない。父と離婚してからしばらく鬱状態に陥った母は、それが男性不信から起こったのだという意識が最初はなかった。
「意識がないというのはねぇ。少し長引くかも知れませんね」
 心療内科に通い始めて、母はそう言われたという。仕事をしている時に男性と話をする分には問題ないのだが、相手を男性として意識することはないだろうというのが、医者の話だという。
 なぜ子供の私がそこまで知っているかというと、母が隠さずに話してくれているからだ。男性不信になったかわりに、子供の私には隠し事など一切なく、接してくれている。さすがに息子を男性として意識するはずもなく、免疫をつける練習にもならないが、気分転換にはいいだろうということで、隠し事はしないようにしているらしい。病院の先生からも、
「息子さんがおられるなら、なるべく息子さんとお話をして、一緒にいることをお勧めしますよ。ただ、息子さんも中学生ということで難しい年頃ですので、そのことだけは意識しておいてくださいね」
「はい、分かりました」
 返事をした時から、母は変わった。いい方に変わったのだが、精神的にも楽になったのか、それとも先生のいうように隠さずに話すことが開放感を引き出すのか、顔色が随分とよくなってきた。最初の頃は顔面蒼白、病院に連れていく方としても、いたたまれない気分にさせられるくらいだった。
 母の部屋にも出入り自由となったはいいが、母親とはいえ、女性の部屋はさすがに刺激的だった。父兄参観に小学生の頃、母が来てくれることが多かったが、そのたびに、羨ましがられていた。
「いいよな、お前の母ちゃん綺麗で」
 まんざらでもなかったが、母親が参観日に来る理由が分からなかったので、まさかそれが夫婦の間の亀裂であることなど、私は知る由もなかった。
 元々は、父が父兄参観を拒んだのが始まりだった。どうやら不倫をしているらしいという話は結構早い段階で母親の耳に入っていたが、自分の胸にしばらくは収めていた。母が何も知らないということをいいことに、したい放題の増長を促してしまったのは、母の責任になるのだろうか。
 知らずにいたのなら、しょうがないかも知れないが、少しでも知っている素振りを見せれば少しは違ったかも知れない。
 中学生の私がなぜそこまで知っていたのかというと、その時に分かっていたわけではない。両親が離婚し、その後も少しごたごたしたことで、噂が噂を呼んだ。噂の出どころはいつも決まっていたが、知らなくてもいいことを知らせてくれるおせっかいがいたということで、私にとっては有難迷惑でもあったのだ。
 それはともかく、不倫を楽しんでいる父親は、次第に家庭を顧みなくなる。最初は、浮気なら許せると思っていたのか、いずれは父が家庭に戻ってくるだろうという期待を持っていたが、それは淡い期待であった。一度味をしめてしまうと、抜けられなくなるのが父の性格でもあった。
――最初から分かっていたわ――
 と母は思ったことだろう。
 この時の両親の心の動きが分かる自分が不思議だった。後から聞いた話なのに、疑いもなく聞いていると、両親それぞれの心の中まで見えてきそうだった。ただ、あくまで勝手な想像で、心境にはもっと複雑な気持ちも含まれていたはずだ。少なくとも、私には嫉妬による愛憎絵図など、想像することは不可能だった。
 父親に愛想を尽かせた母親は、意固地になっていた。苛立ちは目に見えてひどくなり、ノイローゼになりかかっていたのも見て取れる。それだけは、その時の私にも分かった。一時期は苛立ちの矛先が私に向いたからだ。黙って耐えるしかなかった私だったが、短期間だったのでまだ我慢できたが、もう少し続いていたら、どうなったか分からない。それでも後遺症は残ったようで、母親へのコンプレックスは結局抜けなかったのだ。
 私への矛先が収まったのは、母も心の拠り処を見つけたからだ。心の拠り所とは、
「目には目を歯には歯を」
 と、思ったのかは分からないが、母も不倫に足を踏み入れたのだ。それを責めることは私にはできないが、これで家族の分裂は決定的になったともいえる。後は時間の問題だった。
 相手は、クラスメイトの父親だった。お互いに家庭のことを話していくうちに、情が移ってしまった。同じような境遇であれば、仲が深まるまでに、時間はそんなにかからないだろう。燃え上がりも早いが、逆に両刃の剣でもある。
 それぞれに家庭があり、事情は違っている。お互いに家庭内で辛い立場にいるということは同じだが、それぞれの伴侶も違えば、環境も違う。どちらかが心境に変化を示せば、後は拗れる一方であろう。
 しかも、お互いの子供同士はクラスメイトというつながりがある。子供を相手に考えるならば、少しは考え方も変わってくるのかも知れない。
 最初に変わったのは、母の方だった。離婚の二文字を真剣に考え始めると、不倫相手への見方も変わってくる。
 相手は真剣に離婚は考えていないようだ。そんな相手にいつまでもしがみついている必要もない。離婚してしまえば、いくらでも相手は探せるのだという気持ちが母親を離婚に向かわせる一つであったことも否定できないだろう。
 表に見えることとして、父親の暴力が母を苦しめていた。最初は私も暴力をふるう父親が恐ろしかったが、それよりも暴力に耐えながら父を睨んでいる母の顔の方が恐ろしく感じた。
「よくあんな恐ろしい顔ができるな」
 怒っているというよりも、冷たい目で見つめているのだ。怒っていたのであれば、ひょっとすると、父はもっと逆上したかも知れない。だが、冷静な冷たい視線で見られると、さすがの父も臆してしまったようだ。後ろめたいという気持ちもあるのか、母に見下ろされている気持ちになったのだろう。
 本当は父が不倫に走った理由の一つに、母が時々見せる、「見下ろす」ような目線があったのかも知れない。どちらかというと小心者の父の気持ちは分からなくもない。私も同じように小心者だからである。見下ろすような視線は見下すような視線に変わり、相手には、自分だけが先に進んで、置いてけぼりにさせられたような心境に叩き込んでいくのではないかと思うのだった。不倫の良し悪しは私には分からないが、微妙な心境の変化で、どのようにも移り変わっていくもののようであった。
 母が無理に離婚を迫ったと思っていたのだが、どうやら違うようだ。離婚してどちらが得をしたかなど分からないものだが、父は適当に楽しんでいるとも聞いたことがある。それに比べ、母は私もいることだし、不倫相手の父親も、相手がフリーになってしまってから、離れ気味になってしまった。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次