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のっぺらぼう

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「俺は悪くないんだ」
 という気持ちに凝り固まり、意固地にもなっていた。
 それでも中学に上がる頃には、友達からの苛めはほとんどなくなった。卒業してから最初の同窓会にも参加したが、
「あの時は悪かったな」
 と、苛めの中心になっていたやつが謝罪してくれたのだ。
 私にとって想定外の行動だったので、ビックリしたが、それだけ二人とも大人に近づいたということか。対等の友達として評価してくれているのだと思うと、感無量でもあった。
「昔のことさ」
「そう言ってくれると、気が楽になるよ」
 ここまで低姿勢だと、こっちが恐縮してしまう。大人の世界を見ているようで、複雑な気分になった。建前だけでの低姿勢はこれほど嫌なものはなく、子供の会話であることが救いでもあった。相手が本気で謝ってくれているのが分かるだけに、建前抜きの態度であった。
 彼は苛めのリーダーでもあったが、成績もよかった。中学から私立を受験し、見事に合格していたのだ。私も小学生時代好きになれば相手であったが、頭の良さは認めざる負えなく、
「住む世界の違うやつなんだ」
 と思ったものだ。
「でも、私立は私立で大変なんだ。何しろまわりは俺と同じで、受験の難関を通り越して入学してきた連中ばかりだからな。よっぽどそのことを最初から肝に銘じておかないと、痛い目に遭う」
「どういうことだい?」
「俺には俺で自信があったということさ。誰にも負けないって自信がね、でも、それはまわりの人間皆が思っていることで、どれだけその気持ちを強く持っているかということさ。気持ちが強くなれば、それだけ考え方も変わってくるようで、考えが変わらないと、置いて行かれてしまう。要するに競争世界の真っただ中にいるということさ」
「大変なんだな」
「そうさ、受験に合格してそれで終わりじゃないんだ。それからが始まりなんだよ」
 彼が逞しく見えた。
――これが俺と同い年の考え方なんだろうか?
 逞しさとともに、羨ましくもあった。自覚のないぬるま湯に浸かっていることを思い知らされる気分であった。
「まあ、でも子供の頃は、子供らしく余裕のある気持ちでいたいものさ。お前が羨ましいよ」
 言葉だけを聞けば、皮肉に聞こえるが、彼は本心から言っていた。競争社会というのは、それほど気持ちの中の余裕をなくさせてしまうものなのだろう。
 彼と話をしていて、苛めに遭わないようにするためには、端っこに寄りすぎないことが大切だと教えられた。
――誰もがあいつのような性格なら、苛めも次第に減っていくんだろうけどな――
 と思った。修学旅行は、同窓会があってから、二か月後だったので、余計に新鮮な気持ちになった。茅葺屋根の世界は、私に気持ちの余裕と、帰ってきてからも残像として頭の中に残るであろうことを感じさせるものだったのだ。
 修学旅行は、新幹線口での解散となる。皆各々で帰っていくのだが、同じ方向であることは間違いない。なぜかその時私は皆と一緒に帰ろうという気にはなれなくて、駅の近くをうろうろしていた。
 行く当てがあるわけではない。目的もなくただ漠然と歩いているだけではなかったが、あまり一人で出歩くことのない私には何もかもが新鮮であったが、逆に怖さもあった。それは後ろめたさを含む怖さだったのだ。
 中学生が一人でうろうろするのはあまりいい傾向ではない。修学旅行中は制服着用だったが、帰りは私服でもいいということだったので、服装に関しては違和感はなかった。それでもあるいるとまわりからジロジロ見られているようで、ついつい萎縮してしまう。どこかの店に入るのも躊躇してしまうのだが、以前から一度一人で喫茶店に入ってみたかったこともあって、適当なところでいい喫茶店がないかを探しながら歩いていた。
 あまり細い路地には入り込まないようにしていた。昼間とはいえ、一人で歩くのは危ないところがあると聞いたことがある。商店街を中心に歩いてみたが、ちょうど外れたところに、白壁が目立つ喫茶店を見つけた。庭木が生い茂っていて、最初は分からなかったが、白さがそれだけ目立つのだろう。一度気になってしまうと、確かに白い色は印象に残るものだった。
 私は引き寄せられるように近づくと、表は駐車場になっていて、車が十台くらいは止められるスペースがあった。それほど狭い店ではなさそうで、少し臆したが、せっかく見つけたのだから、入ってみることにした。駐車場には車は止まっていない。そのことも、私が引き寄せられた理由の一つなのかも知れない。
 店の中は、想像したよりも広さは感じなかった。こじんまりとした店内は、表の白壁とは裏腹に、木目調の壁だった。
 表は高貴な雰囲気で、中は落ち着きという趣きを感じさせる佇まいに、私は落ち着いた気分になった。扉を開けた時に聞こえた重低音を響かせる鐘の音も、想定の範囲内であったことは嬉しかった。
――喫茶店は、こうであってほしい――
 というのが、私の中にはあった。最近はカフェばかりになってしまって、いわゆる「喫茶店」と呼ばれる店が少なくなった。カウンター席の前に置かれているサイフォンでコーヒーが炊き上がるのを見るのも楽しみのはずなのに、私はテレビでしか見たことがない。本当にもうなくなってしまったのかと思うほど、喫茶店を見ることが今までにはなかったのだ。
 店の中は思ったより涼しかった。修学旅行は涼しい場所から帰ってきたので、歩いていてうんざりするほどだったが、店の中でクーラーが効いているのはありがたかった。
 他に客はおらず、私が入り口でうろうろしながら戸惑っていると、マスターも少し訝しそうな表情になった。
「お前のようなガキが来るところではない」
 とでも言いたげな目線に思わず尻込みしてしまったが、せっかく入ったのだから、臆する必要など何もない。知らない相手なのだから、鬱陶しく感じたら、すぐに出ればいいのだ。
 さすがにカウンターに座る気にはなれず、奥のテーブルに腰かけた、マガジンラックにある新聞と雑誌を手に持って行ったのは、手持ち無沙汰になるのが嫌だったからだ。
 奥のテーブルに座って店内を見渡すと、最初に感じたよりも広く感じられた。どうやら見る位置によってこの店は、感じる広さにかなりの幅があるようだ。こんな店も初めてだった。入ったことを後悔もしたが、座ってみると、まんざらでもなかった。
 持ってきた雑誌は、芸術関係の雑誌で、学校では美術部に所属している私には興味のあるものだった。美術部では絵画よりも、彫刻の方が好きだった。平面よりも立体の方がよりリアルに表現できるというのと、やはり現実に近い形というのが、私の興味を誘ったのだった。
 彫刻の写真が雑誌には掲載されていた。そこには光と影が存在している。背景はハッキリ言って暗いもので、より幻想的なイメージを引き出そうとしているのかと思えたが、それよりも、
――どこからこんな光が差しているのだろう?
 と思うほど、写真の端の方から、白い閃光が煌めいている。
――本当に白い閃光なのだろうか?
 まわりが暗いので、余計に白が浮き立つ。黒い色に目が慣れてしまっていることで、白い色だと錯覚してしまっただけではないか? そんな思いが頭を過ぎる。
作品名:のっぺらぼう 作家名:森本晃次