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短編集60(過去作品)

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 編集長が回した原稿だったが、実際にその上のところで表に出ることはなかった。
 相原は加藤に連絡を取った。
「この間の喫茶店に、もう一度いいかな?」
「分かった。じゃあ、夕方の六時に」
 すでにあたりは薄暗く、ネオンサインがまばゆい中を歩いて喫茶店に向った。日中はまだ暖かいが、日が暮れる時間になれば風が冷たい。冬の到来をあとわずかに控えていた。
 喫茶店には一ヶ月ぶりだったにも関わらず、まるで昨日も来たような感じがした。重要な話は他の話とは別で、満腹感の中での別腹と、どこか似ているところがあるのだろう。
 少し待たされた。五分ほど待ったのだが、三十分近く待たされた気分だった。大体呼び出したのは向こうである。待ち時間への思いもかなり違ってくる。
「すまない。待たせてしまったね。どうしても確認しておかなければならないことがあったもので」
「どうしたんだい? 一体」
 すると、相原は神妙な面持ちで、
「実は編集長が行方不明になった。俺の原稿の一番の理解者だと思っていた編集長だったんだ。」
「それは一体どういうことなんだ? 君の原稿に関係あるのかい?」
「そう思いたくはないが、どう見ても関係ありそうなんだ。原稿が没になったのだって、どこからか圧力が掛かったと思うんだ。その件で一番腹を立てていたのは編集長でね。俺に、『あの原稿のことは今度一切他言するんじゃないぞ』と言って、唇を噛み締めていたんだ。一番悔しい思いをしているのは編集長だと思ったね」
「きっと、どこで握りつぶされたのか、ある程度のところまでは編集長さん、分かっていたのかも知れないね」
「そうなんだ。俺も編集長が心配で……。それともう一つは、あの原稿を書いた俺も大丈夫かということが気になってね」
「そこまでは大丈夫だろう。それに編集長だって、本当に原稿のせいで行方不明になったとは限らないんだろう?」
「確かにそうだが、俺にはそうとしか思えない。そこで、もし俺が行方不明になったら、捜索願を出してほしいんだ。新聞社の方でやらないかも知れないのでね」
「分かった。そんなに思い詰めるんじゃないぞ」
「ああ」
 とはお互いに言ったものの、不安は拭い去ることはできない。
 その晩、加藤は夢を見た。
 夢の中で目を覚ました。最初は真っ暗なところ、目が慣れてくると、どうやらそこが原生林であることに気付く。右を見ても左を見ても同じ森が繋がっている。大きな森の中に孤立してしまったのだ。
 少し右の空が明るく感じられるようになった。日が昇ってくるに違いない。したがって右が東なのだ。
 だが、方角が分かったとしても、それ以上のことは分からない。東西南北、どっちへ行けばいいのか分からない。だが、次第に明るくなってくるのは事実で、どちらかに行けば必ずどこかに出られるであろう。
 加藤は西へと歩を進めた。根拠はないが、しいて言えば、風が西に向いていたというのが理由である。
 足場は決していいものではなかったが、明らかに道ができている。
 学生時代に登った山でも感じたものだ。昔から山道があるが、どの時代の誰が開拓したのだろう。本当に山を利用していたのか不思議に感じられる山でさえ、道ができていたからだ。
 どれくらい歩いたのだろう。視界が開けてきて、明るさが今までの数倍になっていた。たいまつが焚かれていて、民家があることに気付いた。
――一体、いつの時代なんだ――
 民家は完全な木造で、開かれたところのほとんどが田畑である。綺麗に開拓されていて、自給自足の村であることが伺えた。
「加藤じゃないか」
 後ろからふいに声を掛けられてびっくりして振り返ると、そこには相原ともう一人の男が立っていた。もう一人の男は相原よりも年配で、威厳を感じさせるが、如何せん二人の姿は、洋服ではなく、江戸時代の農家の人が来ていたような服だった。
「どうしたんだい? それは」
「ここは隠れ家さ」
「隠れ家?」
「ああ、自給自足をするための実験で作られた村さ」
「しかし、こんな村の存在は聞いたことがないぞ」
「もちろんさ。ここは最重要国家機密だからな。話をしてしまったら、どうなるか……」
「君はここにいつまでいるんだ?」
「ずっといようと思っている。元の世界に戻るのも嫌になってきたんだ」
 本心からだろうか? 表情を見る限りでは本心にしか思えない。どうやらこの世界を垣間見てしまったら抜けられなくなるようだ。ここの生活がそんなにいいのだろうか?
「ここにいると、嫌なことは忘れられるし、逆にここの世界で何かを得ると、元の世界に戻った時に、揺るぎない自信が芽生えると思うんだ。俺はこの世界に賭けてみたい」
 どうやら真剣なようだ。編集長は一言も話さないで、黙々と田畑に入り、田を耕している。単純作業をただただ繰り返しているだけなのだ。
 夢を見ているはずなのに、いつの間にか現実に変わっているようだ。
 相原のいうとおり、この世界のことを他で話すのはタブーかも知れない。
 だが、加藤は敢えてこの世界のことを小説に書いてみることにした。ほとんどが加藤が創造した架空の世界だが、リアルさは十分に伝わるだろう。
 本は思ったよりも売れた。
 加藤は最初から幽霊作家になるつもりだった。決してマスコミの前に姿を現すこともなく出版社にはメールで原稿を送っていた。それでも出版社は不思議がらない。そんな作家の出現を待っていたのかも知れない。いかにもミステリアスな作家が書くミステリアスな内容。それでいて、どこか強い説得力はリアルさからゆえんしていてのことだろう。
 加藤は一体どこから原稿を送っているのだろう。そこが夢の世界であることは誰も知らない……。

                (  完  )

作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次