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短編集60(過去作品)

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 平静を装ってはいるが、気持ちはあまり穏やかではない、麻耶の表情を見ていると、どこか尋常ではないところが見えてくるからだ。羞恥を受けてすぐに笑顔を取り戻した麻耶の印象が強烈だっただけに、表情の変化に敏感になっているのだった。
「私、栄作さんと付き合い始める前まで、他の男性とお付き合いしていたの、その人と別れてしばらくは一人でいることを決意していたんだけど、どうしてなのかしらね。栄作さんが目の前に現われた時に、そんな気持ち、どこかに行ってしまったの」
 話だけを聞いていると、麻耶が寂しがり屋だからというのが結論として生まれてくるが、実際にはそんな単純なものではない。確かに他の人と付き合っていて、別れてすぐには、他の男性を見ることはできないだろう。だが、目の前に現われた男性が、前に付き合っていた人に酷似していると、まるで催眠術にでも掛かったかのように、吸い寄せられるように惹かれていくということもあるのではないだろうか。
 また、まったく違うタイプの男性であれば、自分の心の隙間を埋めてくれる男性が現れたことで、それまでの自分を変えたいと思う自分がいることを発見し、惹かれていくというのも大いにありえることであろう。
 栄作が考えたのは後者だった。
 中途半端に似ているくらいであれば、きっと惹かれることはないはずである。酷似ということになれば、同じ相手の目の前に、タイミングよく現れるなどというのは、あまりにも都合のいい考えに思えて、信憑性に欠けていた。さすがにそのことを麻耶に訊ねてみるわけにはいかず、栄作の想像だけで終わってしまうだろう。
「それはありえることだとは思っていたよ。時々寂しそうな表情になるように思えていたんだけど、その話を聞いてみると、寂しそうに見えた表情は、自分が思っていた寂しさとは少し違っているのかも知れないね」
 と栄作がいうと、表情を変えることはなかったが、麻耶の目がキラリと光ったように思えて仕方がなかった。
「そうなのよ。寂しさというのとは少し違うように思えるの。寂しさって、誰かを慕いたいって気持ちが強すぎるけど、それをぶつける人がいない時に出るものだと私は思っているんだけど、それとは状況が違っているわ」
 麻耶のいう「寂しさ」とはまさしくそのとおりだろう。そう考えると麻耶が話した言葉も間違っていない。
「俺も時々寂しくなることがあるんだ。だけど、寂しいからといって辛いわけではないんだよね。寂しさと孤独を同じものだと思っていた時は、寂しさを辛いものだと思っていたけど、孤独ほどのものではないと思うと、寂しさは楽しめるものにも思えてきたんだ」
 孤独はまわりに何もなく、自分がどこにいるかというのも分からない状況、暗黒の世界を思わせるが、寂しさは暗黒の世界ではない。まわりに人の気配がないだけで、自分がどこにいて、何を考えているか分かっているのだ。それだけに苦痛を感じることはあまりなかった。
「私、寂しさを感じているつもりだったんだけど、時々寂しそうな顔になっている時、実は孤独を感じている時なの」
 それは意外だった。
「それほど苦痛には見えないんだけど」
 というと、
「そうじゃないの。栄作さんと付き合う前に付き合っていた彼がね。最近、交通事故で亡くなったの」
 その瞬間に、麻耶の表情は今までに見たことのないものに変わっていた。
――孤独な表情というのは、こんな顔のことをいうんだろうか――
 なるべくなら見たくない表情、何とも言えないその顔は、誰かに助けを求めているような顔で、いつもであれば、そんな表情で凝視されれば、
――よし俺が何とかしてやろう――
 と思うに違いないが、その時は、視線から逃れたい一心であった。
 そのくせ、見つめられて視線を逸らすことができなくなっていて、まるでヘビに睨まれたカエル状態であった。
 かなしばりに遭っている状態とはこういうのをいうのだろう。麻耶の瞳に誰かが写っているのが見えるが、それは明らかに自分ではない。となれば、考えられるのは一つ、麻耶の元カレで、最近交通事故で亡くなったという男性であることは明白である。
 麻耶の表情は今までにないほど、強い表情であった。強引な女性を今までに何人か見てきたが、そんな女性たちの表情にも似ている。今まで栄作が意識した女性の表情は、あくまでも栄作を尊敬している顔で、尊敬の念を持ってもらっていることで、彼女たちへの視線にも自然と尊敬の念を向けられる。どちらかというと栄作の視線は、相手に合わせるところが多かったかも知れない。
――俺って、主体性のない性格なのかな――
 今までにも何度か感じたことのある感覚だったが、付き合った女性はそれほど多いわけではないので、相手に合わせるタイプの女性が多かっただけだと今までは思ってきた。
 麻耶に関しては、今までに付き合ってきた女性にない強いものを最初から感じていた。それは、麻耶のその時の表情を最初から意識していたからと言っても過言ではない。しかし、これは前に付き合っていた男性が亡くなったという事実がこんな表情にしているのである。では、栄作は付き合っていた男性が亡くなることまで予期していたというのだろうか。それではあまりにも都合の良すぎる考え方になってしまう。栄作は麻耶に見つめられながら、それだけのことを考えていた。
 麻耶も栄作を見つめながらいろいろと考えているに違いない。まったく表情に変化のないことが、却ってそういう考えに至らしめるのだった。
 麻耶がどういうつもりで付き合っていた男性が亡くなったことを告げたのか、その真意は分からない。ただ、麻耶にしてみれば、付き合っていく上で黙っておけなくなっただけなのかも知れない。
 だが、栄作にはそれだけではすまない感覚が残ってしまった。
――死んでしまった人には永遠に叶わない――
 それが頭の中にある限り、永遠に麻耶に近づくことのできない領域があることを悟っていた。
 それはトラウマに似たものかも知れない。
 どこか彼女に遠慮がちになり、彼女も栄作に遠慮がちになる。ぎこちない関係が続くことになるが、麻耶は麻耶で、元恋人が死んでしまったことを栄作に話してしまったことに対して後悔の念でいっぱいになっている。
 元々寂しがり屋である麻耶は、寂しさから死んだ彼の話をしてしまったのであって、本来ならばそんな弱気を人に見せることのない彼女のことをもっと知っておくべきだった栄作も、遠慮するしかできない自分に嫌悪を感じてしまっていた。
 そのうちに、麻耶が自分中心でないと我慢できないような態度に出るようになる。それまでの麻耶からは信じられないような態度である。
――どうしたんだ。いったい――
 栄作には何が何か分からない。
 栄作は麻耶が変わってしまったのは、彼が死んだことを知ってからだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「栄作さんと知り合った頃からかしらね。でも、栄作さんと知り合って、前に付き合っていた彼がなくなったのを知って、さらにおかしくなっていったのも事実だわ」
 と彼女の親友に当たる女性は話していた。
作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次