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短編集60(過去作品)

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 栄作と知り合った頃の麻耶というと、考えられることとすれば、電車の中で受けていた羞恥、あれが彼女の中でトラウマとして残ったのかも知れない。栄作と知り合うことで少しは気が紛れたのかも知れないが、どこか普通の付き合いとは違っていたようだ。
 栄作は少し弱さを表に見せた女性の目の前に現われて、相手の気持ちに入り込んでいく。学生時代に付き合っていた彼女もそうだったが、付き合い始めれば、出会ったきっかけは何であってもうまく付き合っていけると思っていた。
 しかし、考えてみれば最初から少しずれている気持ち、お互いに前を向いていれば決して交わることのない平行線をたどるのも仕方がないことかも知れない。
 麻耶にしばらくすると、見合いの話が飛び込んできた。断ることもできずに見合いをした麻耶だったが、見合いが終わると、また栄作のところに戻ってきた。
「見合いの相手が、栄作さんに似ていたの」
 それ以上のことを彼女は言わない。
 だが、麻耶は栄作の元に戻ってきた。
「でも、一つ分かったことは、栄作さんと一緒にいれば、落ち着いて自分を見ることができるの」
 それだけで十分な気がした。
 大学時代に付き合っていた有里、彼女には落ち着いた気分を与えてあげることができなかった。自分ばかりが焦ってしまって、相手にプレッシャーを与えたのかも知れない。自らが落ち着かないといけないことに気付かせてしまったことが、有里にしてあげられた唯一のことだったように今さらながらに思う。
 自分の中から滲み出てくることが相手に落ち着いた気分にさせてあげられるようになったことで、栄作はあることに気付いた。
――平行線は絶対に交わることはない。それを強引に交わらせることは無理をしていることだ。だけど、限りなく近づけることはできるかも知れない。それが平行線という直線を意識しなければ、お互いに歩み寄ることで、自分の世界と、相手との世界を十分に感じることができるのだ。「落ち着いた気分」、それが一番大切なのかも知れない――
 あれから、栄作も麻耶も満員電車には乗っていない。だが、今度は満員電車の中でも二人だけの世界を作ることができて、まわりからは絶対に見ることのできない世界ができているはずだ。他の人とは絶対的な平行線が存在しているのだから……。

                (  完  )

作品名:短編集60(過去作品) 作家名:森本晃次