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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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赤白ボーダーの変人さん

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「おぉ、危ないとこやったの」

 そう言って誰かがケースを抱きとめた。人の流れの隙間から顔をのぞかせたのは30代の男性だった。もみくちゃにされたのか短い髪は汗に濡れていた。頬に桜の絵をペインティングしている。

 ホッとしながらまた変な人が現れたと思った。ケースを抱きとめた小太りの彼も皆と同じように赤と白のボーダーTシャツを着て……

 なにか変だと思った。いくら太っているとはいえ、どうしてあんなに服が胸に密着しているんだろう――

「……ぎゃー!! 変態!!」

 大声で叫ぶなり、充季はバリトンサックスのケースにしがみついた。そこへ大柄な男性数名が猛烈な勢いで突進してきた。危ない、蹴りとばされると思っていると、小太りの男性がケースごと充季を押した。

 閉店した店の軒に立って、乱れる呼吸を整える。小太りの彼も「危ないやっちゃなあ」と額に汗をかきながら行列を見つめている。

 充季は閉じたシャッターの方に向かってケースを寝かせ、フタを開けた。中に納めれられたバリトンサックスに異常はなく、ホッと胸をなで下す。

「ほぉ、なかなかええやつやな」

 独りごちた彼の方に振り返った。丸い饅頭の奥にある一重の細い瞳、団子鼻、なで肩、お世辞にもイケメンとは言い難い。何よりも服の上に浮き出たアレ――

「なんで服着てないんですか?!」

 ケースを閉めるなり充季は叫んだ。指さした手が震えている。彼は「ああ、これ?」とのんきに言って腹の肉をつかんだ。

 彼は半裸だった。赤と白のボーダーは服の模様ではなく、地肌に直接ペインティングされていたのだ。赤いペインティングは肩から始まり、首回りや腕に伸びる袖口、裾の揺らぎまで完璧に再現されている。けれど、よく目をこらすと桜の絵が描かれた胸元に乳首がある。腹の曲線に合わせて描かれた赤と白のボーダーラインの中に隠れるでべそ。もっとよく目をこらすと胸毛まできっちり白く塗られていた。

 怖いもの見たさで視線を下にする。桜のマークがついた白のショートパンツ、中央の隆起は見ないことにする。日に焼けていない不健康そうな太もも、真っ白のハイソックスと赤いスポーツシューズ。

 と、そこまで見て吐きそうな気分になり、確認したことを後悔した。

「……下はちゃんと履いてるんですね……」
「そらすっぽんぽんはまずいやろ、僕ら応援団なんやし」

 そう言って半裸の彼はにっかりと笑った。愛嬌のある八重歯が口元から見える。

 ケースをなでて気持ちを落ち着かせると、あの赤と白のボーダーが何か思い出した。あれは日本代表のユニフォームに似せているのだ、今は確かラグビーワールドカップの真っ最中で今日はアイルランド戦だと朝のニュースでやっていたような――

 そこまで思い出して充季はため息をついた。目指す楽器店のリペアはいつも3カ月先まで予約が埋まっているのに、今日を含め何日かは予約数の少ない時間帯があった。ラッキーだと思って予約したのが運のツキだ。凄まじい熱狂の中でもみくちゃにされて半裸の変態に助けられるなんて。

「お嬢ちゃん、今からどっか行くんか?」

 変態さんはまだいた。腹の肉の余ったところに手を当てて、充季を見下ろしている。乳首を出した小太りのおじさんがバリトンサックスを救ってくれたなんて夢であってほしいと思った。

 けれど彼は確かにいる。上半身を赤と白に塗りたくって。

「……今からリペアに出しに行くつもりだったんです。でももう間に合わないし……」
「どこの楽器屋や」

 思わぬ言葉に充季は目を丸くする。頬に桜の絵を描いた男はふざけたそぶりもなくじっと充季を見つめる。

「えっと……MAKI楽器の管楽器館ですけど……」
「おっしゃ、僕が連れてったる。ついてきなさい」